伝統と革新の相克。それは近代化・一般化が進む中での、前近代性・土着性との衝突と軋轢である、と言い換えてもいいかもしれない。現在、近代化・一般化が進む本格焼酎は、まさにその“相克”のただ中にあると言えるだろう。

(「小鹿のお湯割りグラス」)

販売店のゴム印を押すスペースがあるということは転売を許さない、つまり不当な価格で再販売させないためである。そこには流通から末端の飲兵衛をも見据えた、蔵元さんの“志”を感じる。

わてはこれを、「文化の収奪を許さない、悪用させない」という抵抗の姿勢と解釈したいにゃ〜。それはささやかではあっても、力強さを感じさせてくれるのである。

◇     ◇     ◇

本格焼酎は中味も、そして流通も、さらに消費者も、共同体的な信頼関係を再度取り戻す時期に来たのかも知れない。それはなにも、本格焼酎の世界だけではないのである。(ぬぅあんて、ドキュメンタリー紋切り風〆)

(「『いも麹芋』の段ボール箱」)

2001.09.08 by 猛牛
さて、一升瓶の裏にある一括表示ラベルに貼った同店のシールを見せてくれながら、小林氏は、他の酒販店が同店で購入した焼酎をプレミアム分を上乗せして転売できないよう、策を講じていると厳しい目で語った。

また先日発覚した盗作事件のことにも話が及んだ。某酒店が、小林氏が発行されているリーフレット『粋酔』を、内容をそのまま写し取って自店の販促物に盗作したのである。・・・うったく。

(「平成酒販侠客伝1」)


フラッグシップ・ブランドの価格上昇→
少量生産他ブランドの価格上昇→
一般焼酎の高付加価値化・高価格化→
本格焼酎ファンの可処分所得の減少

(笑学部教授 杜伊蔵「公怪講座1」)

「どうせ、また別のものを見つければ、ブームはすぐそっちに移るでしょう。でも、これをキッカケに本当に焼酎に惚れ込んでくれる方が増えたらいいなと思います」

(「平成酒販侠客伝2」)

もちろんプレイヤーの回転率の低下についてはご懸念されることでしょうが、1回当たりの料金を20,000円に設定しておりますので、低回転率ながらも高収入が確保できるよう配慮されております。

またバリエーションとして「尺年の孤独」版や、「大誤郎」と「杜 伊蔵」が交互に登場する“甲乙同舟”版なども同時に発売いたしました。

(「ニュースリリース・焼酎ゲーム機販売開始」)

というわけで、『そらきゅう』の情報が記載された『奇態流行史』という本。その序文から、本稿の“高台”として最後の言葉を引用したい。

「流行は 紙鳶の如し 風止めば 地に墜つ」

現今の本格焼酎ブームが、一時の“奇態流行”として今後編まれる民間風俗流行史に名を連ねるのか、それとも文化として“不易”の定着を見せるのか、楽しみぬぅあんである。

(「江戸のそらきゅう」)

けん:ええ(*^^*)。その時に、今日持ってきてますけど『園の露』さん。ここにお邪魔する予定だったんですけどね。ちょっと逢えなかったんですが、ここが8石ですよ。

(合評会『八重桜・手づくり』)

ここに、乙類焼酎と強制的に名前を押しつけられたが故に、「本格焼酎」と自ら宣言した蔵元たちの理由がある。“甲の方が乙よりも上等”という社会的通念をここで想起させて、「甲=きれい(乙=汚い)」というイメージ操作を行っているのだから。

(「そうとは知らずに読んでいました(-"-)」)

「焼酎は、やっぱり庶民の日常生活酒ですよ。身近な価格で買っていただいて愛飲して欲しいですし、また一般焼酎でも美味いものが多いんですから、見直して欲しいですね。プレミアム焼酎ばかりに目が行くのは、なんとも淋しい限りです」

(「平成酒販侠客伝2」)

焼酎バブルの場合は、高額なフラッグシップ・ブランドを創造し喧伝することで、相対的に他のブランドの価格、実質的には高額なプレミアムをかけたものでも安く見せることができる、というわけです。

本格焼酎市場のトップを走っておりますプレムアム系焼酎、つまりフラッグシップ・ブランドの価格が上昇すればするほど、プレミアム予備軍とも言うべき少量生産ブランドの価格を上げられる、また価格を倍にしても値頃感を醸成することが出来る、そして高く売れる、ということになります。

(笑学部教授 杜伊蔵「公怪講座1」)

もちろん、これは味そのものとは別ですばい。あくまでもボトルの話。なぜデザインまでそんなに“右に倣え”するんやろうか、と疑問に思ったとですなぁ。

モンペに割烹着、襷といえば、先の愛国婦人会の制服、つまりシンボルなんですけんども、本格焼酎、特に芋焼酎のかめ仕込み・限定品系についてはこの襷がシンボル化しているようですばい。

単に能書きの多さに襷掛けレイアウトにしたというより、“ねぇねぇ、お客さん、ワタシは希少品種ですよ”という記号をラベル・デザインに織り込んだと思えるとです。

(「襷掛けの思想」)

しかし、そん頃、めざとい他の焼酎屋は長期貯蔵色物から「かめ壷仕込み」やら「木桶蒸留」やらにシフトして、襷掛け焼酎をどんどん造って市に出していたのです。時すでに遅し。爺さんと婆さんはそれからもずーっと貧乏のままであったそうな。

もーすもーすこめ麹んだんご。

(「焼酎昔ばなし 三年寝かせ太郎」)

現在、芋焼酎がオピニオン層にひとつのブームを形成しているご時世にあって、球磨焼酎が新たなムーブメントを起こすだろう予感がした。

そのムーブメントはきっと、このような“地域共同体と焼酎蔵の関係性”の中から生まれてくるような気がする。

(「第15回繊月祭り」)

 これはなにも器だけの話ではない。器に注ぐ焼酎そのものにしても、現今のブーム、造る側も飲む側もある意味“作家性”に呪縛されているのではなかろうか。

でないと“プレミアム価格”なんぞが発生する理由が無いし、それを当て込んだ商品が啓蟄の如く這い出るはずは無かったいねぇ。

(「『伊佐錦』のお湯割りグラス」)

“不純物=香り、味わいの成分”が含まれることは、焼酎にとって決して悪ではない。“不純物”という言葉のあやかしの術が心理的に与える影響はデカイと言えよう。

(「そうと知らずに読んでいました(-"-)」)

経済的問題です。それこそが本格焼酎のネイティブさ、独立性を消失させている根本的原因です。そしてその消失が招くこととは、「味覚の全国統一」「中央集権的味覚の確立」なのです。(中略)

経済的問題の解決とは民族的土着的特性を堅持しながら経済的にも自尊自営できることであり、それが本格焼酎という酒種にとって必要なことなのです。我々は本格焼酎が本来持つ魅力を、ひとりでも多くの方に伝えることで自尊自営を応援したいと願っているわけです。

(「マル飲ムX、かく語りき」)

 蔵元を営む家族の一青年が、みずから農村に赴き、自分の要求に合致する杜氏を選んで、管理を強め、職人的であったかれらを、労働者に育成し、また大々的な機械化・自動化も導入しはじめた。また正反対に職人的要素にこだわり、機械化・自動化を廃して伝統的造りにこだわりはじめた。

さらに最終の飲兵衛にいたるまでの販路を、全て 自分の手中に収め、各地に出向いて行っては、顧客の需要と願望――すなわち「好みに合う」ように改良した製品を、「薄利多売」または「厚利少売」の原則によって大量かつ少量売り捌く。

そのような「二極分化的合理化」の結果、激しい競争が開始されて、敗れた者は没落の運命を辿り、気楽な牧歌は影を潜め、厳しい冷徹さがそれに変わった。(中略)

そこに流れこんだのは、多額の貨幣よりもむしろ、新しい「近代焼酎資本主義の精神」であった。近代焼酎資本主義の発展の原動力が、何処に由来するかといえば、それを可能にさせる貨幣にもまして、なによりもまず、こうした「焼酎資本主義の精神」だったのである。

そして焼酎生活における新しい精神の貫徹という、この決定的な転換を生ぜしめたのは、経済史上いつどこにでも見られる怖いもの知らずの厚顔なプレミアム投機者たち、あるいは「大焼酎資本家」などではなくて、むしろ厳格な生活の訓練のもとに育てられ、市民的な物の見方と原理原則を身につけて、熟慮と冒険心を兼ねそなえ、熱心にしかも冷静に仕事に精励する人びとであったのだ。

(「小鹿のお湯割りグラス」)

「元々、カメ壷でしか造っていなかったところは、それぞれのご事情があってカメ壷で造られていた訳ですね。蔵元さんからすると、こっちはいろんな事情で手間の掛かるカメ壷仕込みでやってるというのに、人気が出たからって大工場を持ってる大手メーカーまで同じような商品を出し始めるとはなぁ・・・という訳なんですね」

(「平成酒販侠客伝2」)

しかし問題なのは、マジョリティの模倣吸収による一般化と比例して、その周縁的文化そのものも陳腐化していくことなんである。先のアメリカ黒人音楽の歴史は、陳腐化に対抗する民族的土俗的創造の“イタチごっこ”の歴史なのだにゃ〜。

一般化のプロセスとは、“土俗的無形文化財”から“マスマーケット向け製品”への変質と言い換えられようか。

さて、本格焼酎がいまどのプロセスにあるのか、気になっている。

本格焼酎は九州という土俗性を背景にした“有形飲用文化財”であるからこそ、マジョリティの関心を惹いたんやろうねぇ(爆)。しかし単にマジョリティを活性化させるだけであれば、陳腐化は免れない。この段ボール箱に感じたのは、自らの存立基盤である「芋」にこだわることによって陳腐化から再生しようという“意志”なのだ。

これは正しい選択だと思える。つまり“ローカルであればあるほど、ナショナルな魅力を持つ”ということ。これは先の音楽の歴史においても同様である。

(「『いも麹芋』の段ボール箱」)

決して“安いから不味い”わけではないのだ。 量販店などの店頭に並んでいる一般焼酎だって、いっぱい美味いものはあるっちゃけどね。高い値段を払ったら、是が非でもその商品やサービスには満足したいのが人情である。決して買ったプレミアム焼酎を不味いとは思いたくないし、人にも美味いと勧めることで自らの決断を正しかったと納得する、その消費者心理がプレミアム商売人のつけ目なのである。甲類焼酎陣営が「乙類」という言葉をあえて使うイメージ操作については以前書いたが、今度は「本格焼酎」という言葉を逆用した販売サイドのイメージ操作が横行する懸念がないとは言えんったいねぇ、これが。

(「一般焼酎のどこが悪い!(-"-)」)

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