2001.04.26 by 猛牛

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ヘムがやってきたのだろうか? 彼が角を曲がろうとしているのか?
ホーは祈りの言葉をつぶやいた。これまで幾度となく願ったことだが、ついに旧友がやってきたのでありますように……

チーズと一緒に前進しそれを楽しもう!

(スペンサー・ジョンソン『チーズはどこへ消えた?』扶桑社)

「・・・という、話なんだがね。どうだい、なかなか為んなる話だろう? なあ、熊さん、八っあん、それに与太郎や」

ここは江戸八百八町のとある長屋の一角。ご隠居さんが熊、八、与太郎を相手に、メリケンから伝来した世渡り話『チーズはどこへ消えた?』をひとくさり講義していたのだった。

「さすがご隠居だ。詳しいやぁ。なあ、八」
「まったくだな、熊。ご隠居はメリケンから来た流行話をよくご存じでさあ。それにしてもそのチーズって食い物だかなんだか知らねぇが、まぁ前向きでガンバレってことなんでしょ、その話の意味ってえのは?」
「ま、そういうことだな。江戸もデフレで青息吐息ってご時世だ。ご政道に物言いはご法度だが、自分が出来ることで能動的に慎ましく世の中を渡りなさい、というありがたい話だな。ちなみに、なんだな、チーズってのは日本で言えば醍醐みたいなもんだな」
「醍醐ねぇ・・・。知ってるかい、八よ」

「知らねぇ。しかし、ご隠居。そういえば俺達にとってのチーズって何なのかって考えていたんでさあ。そしたら本格焼酎じゃねぇかって、思った。なあ、熊、どうだい?」
「俺達も探しに行ってみるか?」
「そうだ、いま流行りのプレミアム焼酎とやらを探しに行ってみようぜ。ご隠居、ちょいと行ってきますぜ」
「それはいいことだな。人間何事も前向きに生きなきゃいかん。でも、与太郎はどうするんだい?」
「・・・・・・・・・」
「ま、こいつはネズミ並のおつむだからね」

◇    ◇    ◇

熊と八の二人は、世界規模の迷路とも言うべき大江戸八百八町に飛び出した。街道を西に向かいながら酒屋を探して右往左往を始めたのである。しかし与太郎は何も考えずに東へと歩き出した。

「ほんと馬鹿だね、与太郎は。本格焼酎の本場は西なんだって。だから西に向かった方がいっぱいプレミアム焼酎があるにちげぇ無ぇんだ」

二人は街道を右に左に酒屋を見つけては覗いてみるのだが、見つかるのは『いいちこ』や『吉四六』、『雲海』ばかり。プレミアム焼酎をなかなか探り当てることは出来なかった。

「八、こうやって探してみると、プレミアム焼酎ってのは見つからねぇ、もんだなぁ」
「そうだな、熊。一体どこに美味いプレミアム焼酎ってのはあるんだろ・・・」

二人は焼酎ステーションBと呼ばれる辻にある一軒の酒屋にたどり着いた。誰なのだろうか、先客が居たのか、酒屋の壁に書き付けが残っていたのだ。

「熊。さすがだな、これを書いた奴ぁ。江戸っ子だぜ」
「こりゃ、是が非でも飲まなきゃなぁ」

急いで二人は店内に入った。歩いて足が棒のようになった上に、とにかく喉が乾いたのである。一杯引っかけたい気分だった。しかし店内にある焼酎の値書きを見て、目の玉が飛び出してしまった。なんとこの店では『魔王』が5000円も6000円もするのである。しがない職人の熊と八には手が出ない金額である。

しかも商品そのものが売り切れて棚には無い。あるのはプライスカードだけなのだ。

「熊・・・。これじゃ一杯だけでも飲むわけには行かねぇなぁ」
「なに言ってやがんでぇ、八。江戸っ子は女房を質に入れても初魔王、ってもんだぜ・・・。ま、しかし売り切れじゃあなぁ。別の店、行ってみるか」

と、熊は見栄を張ってみたものの、もうすこし価格がなんとかならないかと気が気ではなかったのだ。そして、二人は次の焼酎ステーションCを目指した。熊と八は、道に迷いながらも焼酎ステーションCへなんとかたどり着いた。

「おい、熊よ。また書き付けだぜ・・・」
「ふぅ〜ん。ちょっくら店の中に入ってみるか」

熊と八は店内に入ると、またしても驚きの声を上げた。『村尾』に12800円の値書き。しかし商品はまたも売り切れていた。他の銘柄もゆうに4000円を超える値段ばかりである。

「ほんと誰がしがみつくってんだよ・・・。舐められもしねぇや、これじゃ」
「八。そういう物言いはいけねぇぜ。後ろ向きだぜ。きっと俺達が買えるプレミアム焼酎があるはずだ」
「でも、おいら、疲れちゃったよ。もう動きたくはねぇ・・・。俺は『いいちこ』で十分だよ」
「おめぇ、それでも江戸っ子か!ここに留まっていても俺達のプレミアム焼酎は見つからねぇってんだ」

熊は考えてみた。
プレミアム焼酎は確かに高い。職人の日当で買えるようなシロモノではない。しかし、もしかしたら自分たちでも買えるプレミアム焼酎があるかもしれない。それを探すことを諦めては、何も変わらない。

「探すことを怖がっては、前には進めないってんだ。俺は行くぜ」

熊はそう八に言うと、ひとりで街道を歩き始めた。自分でプレミアム焼酎への道を探さねばならないのだ。そう熊は悟ったのだった。そう思うとあてのない探究の旅への恐怖は薄らいできた。

そして、しばらく歩いていると、熊は焼酎ステーションDへとたどり着いた。もしかしたらここがプレミアム焼酎の楽園かもしれない。そう思うと、熊は小走りになって店内へと向かった。そうだ、ここに探していたものがきっとある・・・。

しかし、その期待はまたも見事に裏切られたのである。『森伊蔵』22800円也、『百年の孤独』8980円也・・・。しかも商品は店頭には無い。値書きだけである。熊は疲れ果てて店の外に出た。ふと振り返るとまた酒屋の壁に書き付けがあった。

「てやんでぇ! 結局いつまで経っても飲めねぇってことか。こちとら江戸っ子でぇ!そんな酒が飲めるかってんだ!」

熊は負け惜しみを言いながら今来た道をとぼとぼと戻り始めた。夕日が熊の背中を赤く照らしていた。

「与太郎のヤツ、いまごろ何やってんだろうな。あいつの事だから甲類でも飲んでんだろ・・・」

◇   ◇   ◇

東にあてもなく歩いていた与太郎は、葛西にある焼酎ステーションLで『酒のこばやし』に偶然遭遇していた。そしてその頃、店内にある焼酎を飲みまくっていたのだった。それは一般的価格でありながら、味は極上の焼酎である。

真の幸せとは、得てして足下にあるのかもしれない。

マイケル:という話なんだけどね。
ネイサン:とってもいい話を聞かせてくれて、ありがとう。
アンジェラ:なんだか貧乏人って可愛そうよね。あれくらいのプレミアム価格が払えないなんて。
カーロス:金持ちでよかったよ、僕らは(爆)。
ネイサン:で、マイケル。この話はどこから仕入れたの?
マイケル:実はいま僕は酒のディスカウンターのチェーンを経営してて、それでこの話を考え出した。従業員にこれを本にして売りつけようと思ってたんだよ。
ジェシカ:さすが、マイケルね。酒も本も売ろうなんて。
マイケル:“プレミアム焼酎”って、ほんとは幻想なんだよね。それは我々には解ってるんだけどさ。
全員:(爆笑)

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