正調粕取焼酎 まぼろし
2003.11.02 by goida

池田
銘柄
度数
原料
原産
池田
35度
酒粕
福岡県福岡市西区周船寺
中原酒造場
製品的特徴
捕獲者
評者
レッドブック度
絶版のため開封ならず
goida
goida
廃業・消滅
■評者雑感

●当該銘柄について
蔵が健在の頃、福岡市西区や早良区など一部を含む福岡市西部、旧糸島郡3町と、広範囲に流通していた。通称“池田焼酎”

背振から雷山、そして佐賀まで連なる背振山地の北側に広がる平野は、あの「魏志『倭人伝』」に登場する“怡土國(いとこく)”の中心地と考えられており、古墳などの史跡が残っている。

また福岡市から二丈町一貴山(いきさん)にかけては、福岡市中心部から小一時間の距離ながら田園地帯が広がっており、食用米「ヒノヒカリ」や日本を代表する酒造適合米「山田錦」の産地となっている。

さらに、糸島半島では漁業、佐賀との県境である二丈町では夏みかん等の柑橘類の栽培などが盛んであった。今では「博多とよのか」や洋蘭などの園芸栽培などについても知られるようになっている。

このような土地柄、田植えの後の“さなぶり焼酎”や、お盆の時に振る舞われた“盆焼酎”だけでなく、酒屋の店先で力仕事で疲れきった体を癒してくれた『角打ちの酒』でもあっただろう。

蔵主の中原さんは粕取りに命を懸けた人であったらしく、“池田”を探し回る途中で寄ったほとんどの酒屋では「美味い焼酎やったけどねぇ・・・。」という話をため息混じりに聞いた。時には角打ちで一杯やっているオッチャンも巻き込んでの思い出話が盛り上がる事もあった。いかに地元に愛された銘柄であったかが伺われる。

蔵の廃業時には近所の酒屋でまとめて引き取り、その在庫もあっという間に売れてしまったという。蔵は止ん事無き理由で閉められたという話をあちこちで聞いたが、残念でならない。

今、蔵の跡は一部が区画整理にひっかかって道路となっており、残りの敷地には立派な集合住宅が建っている。

●ボトルデザイン:
“池田”という名は、蔵の近くにある地名にちなんだものであると考えられる。その池田地区にはいくつかの溜め池があり、きれいに整備された水田が広がっている。斜め入った青と褐色の帯はそのような風景を良く表現している。

この瓶は、たまたま入った酒屋で購入したもの。店の大将も“記念”として取っておいたものだそうで、倉庫の方からわざわざ持ってきてくれたのだった。

「写真だけでも!!」とお願いし、次の日カメラを持って行ったのだが、そこで「売ります。」という話になった。長く保存されていたラベルはかすれ、赤い字で「酒粕製焼酎」と肩ラベルに書いてあるのがやっと読めたのだった。本当に感動的な出来事であった。

この時、写真の35度の他に40度のものも一緒に出してもらった。この40度については後日、探偵団の活動によって無事回収。貴重な資料として世に紹介されることとなった。

●香り:
“国宝級の資料”であるため、開封は能わず。

●味わい:
“国宝級の資料”であるため、開封は能わず。

以前石原けんじ大佐のストック品の中にあった“池田”を飲ませていただいたことがあったが、悩ましく口の中に広がる香ばしさ、重厚さには度肝を抜かれてしまった。その時の経験をふまえて想像するに、きっと瓶の中の液体は「夢心地の味」であろう。

●レッドブック度:
残念ながら既に消滅した銘柄である。蔵のあった周辺部を散々探索したが、結局この35度と猛牛氏が収蔵される40度の2本しか見つけることが出来なかった。

なお、中原さんの所の銘柄としては他にお土産用の「怡土國」というものがあったそうだ。当然ながら粕取焼酎で、度数は40度。話を聞く限りでは、前原の平原遺跡で出土した銅鏡をモチーフにした陶器製のものらしい。郷土のお土産としてだけでなく、中央への陳情などの際に手土産としても使われたそうだ。結構評判だったとか。


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