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2001.09.06 by 猛牛 | ||||||||||
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「頭のてっぺんに、毛が三本・・・」と謳われたのは“オバQ”。 「おケツに高台がない・・・」のが“ソラQ”。 いやはや、ぬうあんともベタな話からスタートしてしまったのだが、今回のテーマは『そらきゅう』なんである。焼酎ファンはご存知の通り、ポンと置いても器を支える台が無いので、焼酎を注がれたら下に置けない、一気に飲まないといけない・・・という必殺の酒器。 わては、この“さどぉん・です”的形状に、「えぇえぇ、どんどん注いでやってくだせぇ〜(~Q~;)/▽」という、いぢ汚い自己実現の可能性を看取して、ぜひ宴会に持ち込みたいと熱望している器なのである。 ◇ ◇ ◇ |
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ところで、当コーナーの「販促お湯割りコップ博物館」で触れた宮武外骨なのだが、その稿を書いた後に外骨が気になって、家に戻って彼の著作集をひもといてみた。
外骨は、1980年代前中盤に再評価されてその盛名がさらに高まったジャーナリストだが、多くの同時代人が関心を持たなかった事物に対しての“捨て目”の鋭さが、いまだにオモロイ人物である。 |
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右は河出書房新社から1985年に谷沢永一と吉野孝雄両氏の編集によって出版された『宮武外骨著作集』の第四巻。
これには外骨が出版した『筆禍史』『日本擬人名辭書』『奇態流行史』『私刑類纂』『賭博史』が復刻して収められている。 その内、日本の古代から近代に至る世間で流行した風俗・事物などを集成したものが『奇態流行史』(1922)だが、中に『そらきゅう』に関する情報が記載されていた。 |
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というわけで、形状および穴が開いているところも、まさに『そらきゅう』である。しかも慶長年間から三都で流行っていたというから、戦国末期にはすでに存在していた可能性もある。 ちなみに外骨の文中に出てくる近世の書物の出版年度は、主なもので ・『醒睡笑』 =1623年 である。現代に至るまで、実に400年近い歴史を誇る酒器なのですにゃ〜。 ところで現在、主として南九州に遺っているこの『そらきゅう』だが、その伝播の経路はどうだったのだろう・・・ということに関心が向いている。本州の流行が九州に渡ってきたのか、それとも逆なのか? 多分先学によって解明されているのかも知れない。ぜひ有識者のご指摘をいただきたいものである。 わて自身の浅学さ故に、「そんなこたぁー最初から知っちょる!」と焼酎愛好家諸兄から指摘されそうだが、わてが触れた既存の資料などでは『そらきゅう』の起源についての記述が少なかったので、あえてご紹介してみた。 ◇ ◇ ◇ というわけで、『そらきゅう』の情報が記載された『奇態流行史』という本。その序文から、本稿の“高台”として最後の言葉を引用したい。 「流行は 紙鳶の如し 風止めば 地に墜つ」 現今の本格焼酎ブームが、一時の“奇態流行”として今後編まれる民間風俗流行史に名を連ねるのか、それとも文化として“不易”の定着を見せるのか、楽しみぬぅあんである。 |
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