平成壱拾参年卯月三日 焼酎山清貧寺檀家 猛牛筆

「中国の『高僧伝』では、蔬食(そし)澗飲、蔬素、蔬苦といった表現にみられるように、「精進」の行を積むことがどうも食事にかんする行の一般形態であったらしい。穀を断って栢(かしわ)の実をたべ、栢の実がなければ松脂を服し、それが得がたければさらに細石子や生姜や山椒の類を食す、といった記述がよく出てくる」

「こうして仏道修行者は、瞑想という修行形式を軸にして考える場合は、その俗的なる生命体を、諸種の禁欲的手段によってしだいに浄化し、かくして究極的な解脱すなわち仏への変身を達成するのである。かれらは、自己の生体に禁欲的な圧力を与えること-----すなわち一種の生体処理を施すことによって、聖なる自立的カリスマへと自己を変成せしめる」

(山折哲雄『霊と肉』)


拙者、過日筑前國は“驚愕酒店”なる割増酒屋において、『バクダン洟垂れ』と言ふ焼酎に八千六百圓の値書き下げおるを聞きつけ、悲憤慷慨、怒髪天を突くが如し。

まさに小乗的餓鬼蓄財道に堕ちたる、割増羅漢の跳梁跋扈、目を覆わんばかり。“デ飲ミ”の現世にありて、焼酎衆生あまねく粉炭の苦渋を舐めし時、その足元を見たる所業、どぅあんじて許し難し。

飲祠邪教の徒はびこりたる我が日本國の有様を憂いて、ここに唐国の先師高僧にならい、割増羅漢調伏、破邪顕正、焼酎衆生救済を発願し、また飽飲飽食の世情を省みて、『焼酎精進行』にいざ入らん。

『焼酎精進行』とはこれ即ち、一般品および適正価格にて入手せる“般若湯”を飲し粗肴を食す、焼酎仏道の修行なり。また行中において「南無ぷれみあむ、お陀仏」「南無ぷれみあむ、お陀仏」とただ一心に念仏を唱えしは、精進行の要諦なり。念仏無かりせば、秘儀参入の果て焼酎仏道の悟りを得ること、ままならなず。

なお、蔬肴と聞き及べば、「すわ、猛牛の貧窮、いよいよもって極まれりっ!」との憶測、巷間に喧伝されるやも知れず。とは申せ、心苦しからず。嗚呼、焼酎衆生救済への大発心、ぬぅあんとも泰然自若、不動の境地に立ち至れり。
まず用意せし般若湯は、国分酒造協業司の手になる『いも麹 芋』

全身これ芋より垂迹した焼酎なり。芋のみで律したる謹厳さ、“すといしずむ”の様は“即芋成仏”的焼酎と言ふべきか。また仕入れたる酒屋にも厳格に接し、割増販売、転売を許さざるその取り組み、まさに“大乗的焼酎衆生救済の根本教義”として称揚すべきものと確信す。

しかしてその購い先は、当今板東にて、老若男女“門前市を成す”有様と聞く、焼酎衆生の大本山『酒のこばやし』寺。拙者、同寺より適正価格で入手したること、論を待たず。割増羅漢の不浄なる手を経ること、一切無し。

さて蔬肴が肝心。精進行にては、高級食材店などで購いたる美味珍味を食すなど、断じて許されず。「蔬」とは野菜を指し、転じて“粗末な食事”の意となる。原義の遵守怠れば、割増無間地獄に堕ちること、まっこと必定なり。「ゼ〜タクは仏敵だ!」、とはくだし名言。
用いるは、筑前國で最安価を誇る、極大衆的超市場鎖店「マルキョウ」で求めたるキャベツひと玉、壱百弐拾八圓。見切り品の最たるモノなれど、決して「貧」にあらず。大衆と不即不離、庶民生活のただ中に常在して行を修することこそ、大乗的焼酎衆生救済の正道。これまた「本格焼酎の本義」とも覚ゆる。
古、真言密教の開祖・弘法大師は、丹薬を摂取、即身成仏を果たしたと伝え聞く。精進行にては、当探険隊辻掲示板にて大評判の『くばら やきとり屋さん キャベツのうまたれ』を丹薬としてキャベツに掛け、一心に喰らう。包丁にてザク切りに整えたる瑞々しき見切りキャベツの他、肴は一切摂らず。

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「南無ぷれみあむ、お陀仏」

まず『うまたれ』の滴りたるキャベツの切れ端、一片口中に運ぶ。ん〜〜〜ん、甘美。甘過ぎず、酸味効きすぎず。タレの程良き味わい、見切りキャベツの歯触りと相まって、まっこと美味なり。

「南無ぷれみあむ、お陀仏」

『いも麹 芋』、六:四の焼酎黄金律にて割水し一日置き、用いる。黒千代香に注ぎ湯煎を施し吸飲す。ん〜〜〜ん、甘露。すこしくツンと喉を押す玄妙なる刺激ありしが、嗚呼、ほのかな芋の甘さ漂い、キャベツと『うまたれ』の醸す楚々とした味わい響き合い、我、焼酎仏法の妙を識る。

「南無ぷれみあむ、お陀仏」

銘酒美食を求むるに、煩悩留まるところを知らず。割増長者の競りの声、諸酎無常の響きあり。商者必滅、買者定離。驕るぷれみあむ、久しからず。一心にキャベツを喰らい、『いも芋』の杯重ねれば、焼酎精進行とは煩悩打ち払う解脱の道と大悟したり。

「南無ぷれみあむ、お陀仏」

見切りキャベツ、半身を喰らい終える。腹中にキャベツのザク切り、七重八重に積み上がりて、その高さ須弥山の頂もかくや。ん〜〜〜ん、これぞ精進行の行たる所以なり。

「南無ぷれみあむ、お陀仏」

見切りキャベツ、四分の三玉喰らい終える。十重二十重、五臓六腑にキャベツ生い茂り、広大無辺の様、まさに大宇宙の如し。

「南無ぷれみあむ、お陀仏」

かの弘法大師、「虚空蔵求聞持法」を修めし折、天より明星降り来たりて口中に飛び込んだと言ふ。拙者、大師にあやかれず。キャベツ、腹中より飛び出し、空也上人像の如き口中よりお陀仏の行列を成す畏れあり。「うっぷ(~Q~;)」。忸怩たる心境で行を断念す。

嗚呼、焼酎仏國の成就、悟りの道は夢のまた夢。

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