2001.10.12 by 投稿者 構成/猛牛

昨夜のことだが、突然酒造関係者ではないかと思われる方からのメールをいただいた。焼酎を愛好するエンドユーザーの間でプレミアムについての論議がかまびしいが、それについての私見をまとめてみたという。あくまでも自分個人の意見ではあるが読んでもらいたい、との内容であった。

当サイトは、不当なプレミアムに対しては異議を申し立てるものではあるが、自由闊達な意見の交換は歓迎するものであります。ということで、固有名詞の変更、段落や改行などを整えた他は、メールの原文には一切手直し無くここに掲載し、焼酎愛好諸兄のご拝読を賜る次第であります。

「そんなにプレミアムが悪いのか?」

常々感じていたことの投稿です。
焼酎のプレミア価格について、高い価格の焼酎は猫も杓子もプレミア価格だ!
という風潮がありますが本当にそうなのでしょうか?

プレミア(プレミアム)とはそもそも割増料金の事を言います。何らかの理由で本来の商品額面より割増に評価されたものがプレミアムです。評価される商品は何も物に限らず株や保険、為替といったものにも適用されます。

わかりやすく言えば銀行にお金を預けて得た利息や、株の売買で得たキャピタルゲインもプレミアムの一種です。(もともとの物より高く評価されたわけですから。)もちろん身近な例はエルメスのバーキンなどがプレミアムのついた物といったところでしょう。

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焼酎の話に話を戻しますが、蔵元の製造努力や小売店の販売努力を価格に反映させるのは(一種のプレミアかもしれませんが)プレミアだとは思っておりません。これはれっきとした焼酎の市場価格です。

努力している人の力に便乗して売るのが焼酎のプレミア価格(○○○○さんの言われるヤミ価格)だと思ってます。アダム・スミスも「国富論」の中で「市場価格という神の見えざる手に導かれて、限りある資源が効率的に分配されていく」と言っております。

市場価格とは製造―販売―購入という流通の中で『努力』する人々が作るのであって、『利用』する人が作るものではありません。ヤミ価格はまさに利用する人々のつける値段です。

アダム・スミスの言うように資源には限りがあります。その資源が効率よく分配されることによりその資源は成長もし、また衰退もします。成長する資源であるなら、市場価格は一時的に上がってもしだいに下がっていき落ち着きます。決して値上がりし続けたりはしません。

これに反し、ヤミ価格は市場評価を利用するだけですのでお客の欲求に比例して上がっていくことになります。しかし、そのような虎の威を借る狐的な行為は長続きしません。日本経済が衰退しているのも土地や株がヤミ価格で取引されていたからにほかなりません。結局バブルは崩壊するように仕組まれております(笑)。困るのは利用された人々です(余談^^;)。

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さて、市場価格ですが、その蔵で販売される焼酎を欲しがる人が大きく上回れば(需要>供給)流通の段階で価格が上がっていくでしょう。

これは自然の成り行きです。売り手の小売店もその焼酎を手に入れるために、飛行機代や新幹線代を使い直接蔵元を訪れるかもしれません。直接蔵元とお話して商品と一緒にとっておきのお話を持って帰るかもしれません。それをとっておきの話とともに商品の売値に付加したところで、それは小売店の努力だと思います。

また、チラシ広告や試飲会などを開いてお客様とのコミュニケーションをとることもあるでしょう。手に入れるために、様々な問屋流通のつてを巡り、手に入れる場合もあるでしょう。中に3〜4つくらい問屋が関わっていても九州から北海道までの流通を考えればおかしいことではありません。

そこには商品に携わる方の努力があるからです。適正価格だからといって自分の努力をお金に買えることの出来ない店はその商品を取り扱う資格も無く、そのような商売はやってもなりませんし、その前に店が成り立たないはずです。

また蔵元も新たな商品や個性的な商品を造ろうと研究開発をしたり、設備を導入したり、原料の質を上げていったり、広告宣伝に投入したりと努力をするでしょう。そしてその商品にはそれだけの努力を評価していただけるだけの価格を設定することだろうと思います。

様々な努力をした結果、努力してない焼酎と同じような価格を設定するような蔵も同様の理由で商品を作る資格のない蔵です。努力した結果を評価できる価格はプレミア価格であってもそれは市場価格というものです。

バーキンのバックでも同じことが言えると思います。バックでなくても、時計であれ、万年筆であれ同じ事です。もちろん株にしろ投資にしろです。ちょっと前でしたら「成功をつかんだ人間がドンペリで乾杯」というとかっこよく聞こえますが、ドンペリの持つプレミアが消費者の成功を祝福しているのです。

さすがに赤玉で乾杯とは・・・^^;(今のドンペリはどんな評価でしょうか?)プレミアにはこんな一面もあります。ようは、様々な人が努力した結果得られる評価がプレミアなのです^^。堂々とプレミア価格を謳って結構だと考えております。

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問題なのはその努力の評価をよく知りもせず単に利用するだけの人たちです。これらの人たちがつける価格がヤミ価格。これは市場価格ではありません。エセプレミアです。市場で努力している人たちを足蹴にしていると思います。

ところが、こういう人たちが活躍できるだけの商品がいったいどこから出てくるのでしょうか?そっちの方が問題だと思います。もう一度アダム・スミスの言葉を思い出してください。資源は限られているはずです。

焼酎のようなものは「右から左にはい出来ました」と言うわけにはいきません。長期熟成酒などは特に出てくるはずも無いのです。もちろん努力が実り次第に商品が市場に増えてくるのは当然の事ですが、一気に増えるものではありません。もちろん市場調査の上、何年も前から投資している蔵元があるのは知っていますが、異常な蔵も存在します。

問題は造り手と売り手そして買い手のコミュニケーションの問題です。コミュニケーションが取れていれば、その商品が価格に釣り合う商品なのかすぐにわかるはずです。

簡単なことです。店主は蔵元に、買い手は店主にたずねればよいだけですから。納得できる説明が無く価格がおかしいと思えばそれはヤミ価格です。それでも買い手が納得する価格で買っているのであれば問題ありませんが、なんとなく買っているのであるならそれは問題です。

経済と同様にいつ弾けるかわからない状態を買い手が作り上げてることになります。弾けてしまえば、その銘柄の焼酎を口にすることはなくなってしまいます。競争社会なので致し方無いのかも知れませんが、悲しいことです。

ドンペリの話をしましたがプレミア商品にはプレミア価格と一緒にそれを飲む人々の夢も価格に含まれてるのです。誇りを持って努力して欲しいと思います。単に利用しようと思うとそのうちボロが出てくるかもしれません。

プレミアム焼酎に乾杯!


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