2005年2月12日早朝 鉄輪温泉から望んだ別府湾の日の出

2005.02.14 by 猛牛 補遺:2005.02.15


■ちょいと一風呂浴びに・・・別府へ。

2月の連休、いかに過ごすか・・・。温泉好きの家人は近場で一風呂浴びたいちゅー。

いつものことであるが、行き先に悩む。諸般の事情で前々から予定が組めず急場でしか動けない我が賃貸偏奇館夫婦ぬぅあんである。が故に、飛び込みで泊まれる宿となるとその歩留まりからして、どーしても豊後に白羽の矢が立つ。

んで、筋湯など電話しまくったが満席の嵐。当然であらふ。豊後の温泉地も昔からするとほんとに客が増えたもんだ。そこで、最後の切り札は、温泉の湧出量にしても宿数にしてもダントツの規模を誇る「別府」である。泊まりは昨年4月以来だ。

◇  ◇  ◇

さて、2月11日午後3時、鉄輪温泉でもっとも標高の高い所に位置する『癒しの宿・豊山荘』にチェックイン。ドタ予約で夕食がない素泊まり。その分、外で贅沢すっか!ということに。「おやつを買ってくる」・・・家人が宿と道を挟んだ対面にある『ファミマ』に向かった。

なに喰うかなぁ。久しぶりに豊後のふぐでも行くか。一人一万なら養殖物じゃなく天然もんが喰えるし・・・、なによりもアレだよ、アレ。“アレ”喰わなきゃ・・・。

戻ってきた家人が「ねぇ、そこのファミマ、結構焼酎置いているわよぉ」と宣ふ。ふーん、まぁ、あとでちょっと覗いてみるかな。コンビニの店先になにが並んでいるかなんてあまり期待はできないが、やはり「百聞は一見」という言葉は至言だと後で痛いほどよく解った。

■タクシー運転手氏に聞く、別府市井の焼酎事情

宿からタクシーで、夕食の会場へと向かふ。わてはいつもその土地のタクシーに乗った時、「こちらではどんな焼酎が一番飲まれちょるですか?」と聞くことを常套にしている。地元の運転手さんで酒好きの人だと、ご当地ならではの話が聞ける事が多いからだ。

猛牛「別府では焼酎はなんが一番飲まれちょるですか?」
運転手「こっちではやっぱり『二階堂』ですよね」

2003年8月にもで運転手さんから『二階堂』の優勢は聞いていたが、別府でも同様のようだ。しかし、今回の運転手さんは逆にわてにアドバイスをしてくれたのだっ。

運転手「お客さん。麦だと『兼八』が美味くてイイですよ。香ばしくてねぇ(^_^)」
猛牛「おっ・・・え、ええ、あれはたしかに美味いですばいねぇ・・・」

2002年4月、大分市内に居た頃に一緒に仕事をしていたある社長と、同県酒造組合が始めたワンコインバーで一緒に飲んだことがある。事前に連絡を取ったとき、その社長を含めたかつての仲間たちが96〜97年頃に飲みまくっていた『天下無敵』から『兼八』にがらりとチェンジしたという話を聞いて驚いたもんだ。

彼らは地元でも結構オピニオン的な感覚の持ち主だったので、当時なるほどなと思った。しかし、それから3年。どちらかというと一般ユーザーに近いタクシーの運転手さんの口から『兼八』の名前が出てくるまでになっていたのである。

■ん〜〜〜ん!やっぱり絶品関サバには、二階堂なのだ!

午後6時、店に到着。夕食に予約したのはネットで見つけた『ふぐ処その』。ふぐコースでも8000円以上からだ。わてが住んでいた頃は大衆店では3000円から5000円出せば喰えていた。だから8000円、結構清水の舞台ではある。

しかし家人はふぐよりも関サバがエエちゅーんで、関サバにすることに。それでも丸一本の姿盛りが8000円だ!(@_@;) ええ値段やなぁ〜ほんと(T_T) まぁエエわ、たまの贅沢。

久しぶりの関サバ、やっぱ歯ごたえが違うねぇ〜。家人も「全然生臭くない。驚いた」と宣う。関サバは豊後内のスーパーでも丸だと軽く3000円以上はしていた。ま、8000円、妥当な値付けだろふか。堅く締まった身をこう噛みしめるとタマランですな。

さて、酒は? まずは家人とおしめりのビールを分け合う。そして『西の関』の熱燗。次は焼酎である。店の仲居さんに何があるのか?と聞くと「『二階堂』ですが」といふ。関サバの旨味を活かすには、やっぱ減圧のレギュラー品が一番だ。じゃ、それロックで一杯!

刺身だけじゃナンだなと、当店お勧め3000コース料理(計6品+飯+みそ汁+香物)を頼む。これがまた手の込んだ料理で旨い! 仲居さんに再度聞くと京都から料理人を招聘しているという。わてが及びもしないほど旨いもんを喰いまくっている家人も納得の味だ。3000円は安い。

ちゅーわけで、ふぐを喰わなかったが、アレは食べたい。「すんませんばってん、アレだけ食べさせて貰えませんかい?(^_^;)」と聞いてみた。

安いふぐは養殖だし、またアレについてもカワハギが代用されている・・・という。本物が久しぶりに食べたいな・・・願いは届いた。「いいですよ」との返事の後、ブツはやってきた。とにかく昔大衆店で喰っていたものとは色艶も形もまったく違う。白いんである。

歯の先でちびりと千切って口に含む。ねっちょりとなめ回しながら『二階堂』を流し込む。味も後口もまったくクドくなく、じわーんと舌にトロけていく。減圧のさっぱり感がこれにまたピッタリだ。ああ・・・エエわぁ〜。

■黒キリ大陳の「ファミマ」に、なぜかアノ品が・・・。

宿に戻ると、家人がさっきの「ファミマ」に行こうと言う。あまり期待していなかったが、ちょいと覗いてみた。店の奧にある酒の棚を覗く。

とにかく驚いたのは、焼酎のアイテム数がダントツに多く、しかも芋焼酎がドカン!と並んでいること。大手のレギュラー酒が多いが、本当に芋の伸張には目を見張る。しかし、大日向焼酎共栄圏の範囲を全国的に広げている“黒キリ”の姿が無い。おろ?

それと地場麦焼酎だが、これも常圧系が増えている。中でも目を惹いたのは久家本店さん『ほげほっぽ』があったこと。

はだか麦使用の『兼八』の大成功以来、はだか麦を原料とした麦焼酎が増加しているが、これも同様。久家本店さんは常圧では『常蔵』がいい商品だが、これはさらにそれを上回る濃口である。

商品名の肩に「農家のガソリン」の愛称が・・・。

いいなぁ、このフレーズ。

久家本店さんは、豊後の土産物売場では長く定番中の定番である『石仏』のメーカーでもあるが、2002年に湯布院で買った特化したお土産の分野でも気を吐いていらっしゃった。これも常圧の濃い味をしていた。

久家本店さん、なかなか前向きなメーカーさんだなと、いまさらながら感心する。

というわけで。このファミマ、元々は●●酒店という看板が二階に遺っていた。酒販専業だった当時から、蔵との関係は密だったのかも知れない。

ところで、『黒霧島』の所在だが、思わぬ所に“隠れていた”。実は、レジ前に茶瓶20本入りダンボール箱×2の大量陳列で足元に並んでいたのである。観光地であるが故に、県外の観光客が買って宴会で持ち込む・・・ぬぅあんて需要もあるやろう。

しかし、レジ奧の棚上に売約済みの札が貼られた『霧島酒造創業88周年記念・黒霧島原酒44度』の黒化粧箱があった。聞くと、地元の焼酎好きが予約したがまだ取りに来ていないという。別府でも着実に“黒キリ”は浸透しているよーに思える。

■宇佐神宮の門前。常圧、市を為す!

12日朝。家人とどこを回るか、算段する。まったく未定だらけのぶらり旅、まだ家人が行ったことがないという宇佐八幡へと向かうことにした。

わてが豊後に居た95年頃だったか、地元の大交通機関・大分交通のバスツアーに「六郷満山めぐり」ちゅーのがあって、わてはそれに一度参加したことがある。

これは単なる物見遊山ではなく、細い袈裟を首に掛け、宇佐八幡やら富貴寺、真木大堂などを回って般若心経を何度も唱えるという宗教的修行な企画なのだ。わては宇佐八幡がどうしても見たくて一人飛び乗ったが、他の客は敬虔な門徒たち。正座した足がシビレまくって泣きをみた思い出がある。

本殿で参拝した帰り際、家人とお土産品の物色・・・と、ここで明らかな変化が酒類棚を直撃していたのである!!(@_@;)

わてが知っている限り、かつて減圧物ばかりで組まれていた酒土産のコーナーのフロントには地場常圧麦が大量に鎮座しまくっていたのだっ。そして鹿児島および宮崎から渡来した芋焼酎のアイテムも多い。それに店奧の飲食コーナーでは『森伊蔵』やらが一杯千円!なんて売られ方もされていた。いくら八百万の神の國とはいえねぇ・・・。

『常蔵』『為・』『常圧蒸留・由布岳』などなど、各地から参拝者が集まる場所柄故に、全国的な常圧人気を狙って同系統の商品構成を全面に押し出しているであらふことは理解できる。あえてラベルに常圧と謳ったものが目に付くところに陳列されているのがミソだ。

わては常圧の浸透圧の凄さに、目を剥いてしまった。

そして面白いのは、それら多くのメーカーの4合瓶または5合瓶に「大分こだわり伝承蔵」という襷が貼られていることである。

たとえばこれ。

あの『兼八』の四ッ谷酒造さんの商品で『極み香』。宇佐神宮の門前市、最後に覗いた店で他の銘柄が三本縦列駐酒する中、一本だけ残っていた。

肩に掛かっているのが、その襷である。各メーカーごとにそれぞれのラベルにあった素材で貼り付けられていた。

これは大分県酒造組合単位で取り組まれていることなのか? それとも有志だけか? 主体や規模はいまだ未確認なのだが、とにかく観光客に豊後麦焼酎をアピールしようという明確な意志がそこにある。

わてがこの瓶を手にとって眺めていると、店のおばさんが「これは昨日もよく売れてねぇ〜。もうコレ一本しかないよぉ!(*-)<(・・)」

他の銘柄がまだしっかり残っているのに、これを買っていくなんて、ちゃんとチェックしている参拝者が他にもいらっしゃるのね・・・。

宇佐の後には近場でもう一ヶ所行ってみるか、と足を豊後高田市へ。

■「昭和の町」で垣間見た、常圧戦線の拡大!

豊後高田市は街の活性化として、「昭和の町」という商店街の陳腐化を逆手に取ったレトロ的再生で注目を浴びているところだ。それでちょいと足を伸ばしてみた。

まぁ、とにもかくにも当日は寒かったんだわさ。宇佐神宮も寒かったばってん、ここもほんと寒かった。とはいえ、昔のなつかしい商店街の風情はやはり気持ちのエエもんでしたな。

ところで、ここでも驚いたのが、地場常圧麦の店頭化の凄さである。

上記写真の奧にしばらく歩いたところに店を構える酒+雑貨屋さんに入ったのだが、一番目に付く正面の棚は、先ほどの「大分こだわり伝承蔵」襷を掛けた銘柄が10数アイテム並んでいた。わては思わず店の女将に聞いてみた。

猛牛「この『大分こだわり伝承蔵』ちゅーのはどげなもんなんですか?」
女将「これはですねぇ、地元の蔵元さんらが、『大分こだわり伝承蔵』という名前で期間と数量限定で、揃って出したものなんですよぉ。限られた量しかないんですよぉ」

と買う気をソソル女将である。うむ。まぁ、仲人口も入ってるやろうけん、どこまでホントか解らんが、確かに気になる襷である・・・。

昼を過ぎて腹が減った。町内にある大衆食堂『大寅屋』で家人と、店主のおばあちゃん自慢のチャンポンを喰らふ。薄味の、大衆食堂のチャンポンらしいチャンポンだ。旨い。わては懐かしくなって、ウスターソースをぶっかけてさらに喰らいまくる。

おお、この味だぜ、この味! 正しい大衆の味なのだ、これが!(T_T)

■『兼八』以降・・・『いいちこ』定番常圧参入でさらに激変?

帰り道、家人には内緒で、あの名酒販店のひとつ『田染庄』さんに向かうつもりだった。しかし、道を間違えてしもうた(T_T) それこそ同店で県北周辺の現状を伺いたかったのだが・・・。通り過ぎて行き着いた大田村のJAショップ『だんだん畑』で古代米のおはぎとかしわ飯のお稲荷を購ひ、筑前へと帰還の進路を取った。

このメチャ旨なおはぎを頬張りながら、考えていた。

はだか麦の“麦麦”常圧として『兼八』のインパクトの大きさは本当に絶大だったなと。

そして先月、いいちこ日田蒸留所に行った際、同蒸留所製作常圧レギュラー麦を発売することについて係員氏が「県内で常圧が増えましてね」とコメントしていたが、ホント納得できるのだ。

◇  ◇  ◇

和気清麻呂は、宇佐八幡神から「天の日継は必ず帝の氏を継がしめむ。無道の人は宜しく早く掃い除くべし」との御託宣を得たという。

さしずめ今回の八幡参拝、垣間見た御託宣は、「豊後麦の酒継は必ず常圧の志を継がしめむ。減道の人は宜しく早く醸し置くべし」、というところか。

■補遺(2005.02.15)

大分県の焼酎事情に詳しいフランス系業界関係者と見られる自称「諸見サンド」氏から情報を頂戴したので追記する。ご連絡ありがとうございました。

●「大分こだわり伝承蔵」の襷について

この襷掛けの商品は、大分県内のある卸さんが行っている頒布会用の商品だということが明らかになった。この商品が宇佐市および豊後高田市で多く見られたのは、その卸さんの宇佐営業所が中心となって企画されたものだったからという。確かに同じ商品でも別府市内では襷がなかったりしたのはそのせいだったのか、と合点。

というわけで、県北での展開として特に店頭で目立った存在になった・・・という訳であった。さらに「諸見サンド」氏からは、今後の豊後常圧麦焼酎についてのご意見を賜ったので、要約してご紹介したい。

●大分麦焼酎における常圧物の増加と今後について

「大分の麦焼酎に対して“減圧蒸留でのライトで飲みやすい麦焼酎”という概念がとれ、麦焼酎の多様性及び、幅の広がりが認知されて嬉しく思います。ただ、常圧麦焼酎というのは個性の出しやすい焼酎ですので、『何かのモノマネ』ではなく、各社それぞれの個性を確立していかないことには、今後「常圧麦焼酎」という商品も減ってくるのではと思います」


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