2003年度・えいぷりる・ふーる企画

九州焼酎探検隊TOP
月日
日乗
四月十三日 麦酒
朝。家人共々身支度し、筑前西部を出て、北九州市へと向かふ。亡母の四十九日なり。昼前、檀那寺に到着す。母方親戚うち揃いて、法要をば執り行ふ。おときにて、麦酒を飲み干す。夕刻。筑前西部に戻りて、家人は柴狩りに、余は超市場にて豚汁の具材を購ひ厨房に。豚汁、香り良くコクある味に仕上がりて満足せるに、いざ喰らわんとしたその時、浪花にて研修中の竹馬の友より簡易式移動伝声機に着信す。聞けば、友の知人夫婦、浪花に会いに来る由、余にその宿をば電脳箱にて網手配頼みたしと宣ふ。友、研修所にて電脳箱無く、検索予約も出来ず有様と言ふ。余、「宿ぐらい自分で手配せんかい、われぇ〜(-.-)y-゜゜゜」と言い放ちて、伝声機をば切る。時既に遅く、豚汁冷めて御座候(-"-)。
思へば、徒然なるままに二年目の四月馬鹿企画をつらつらつらと書き連ね、早一ヶ月となりぬ。この上、冗漫なる文認め続けるは、如何にも四月馬鹿の誠心に反することと覚へたり。筆置き、飲ん事に専念するが良しと得心す。
これまで御拝読戴き感謝、有り難き事と御礼申し上げ候。m(_ _)m
四月十二日 池の鶴
なでしこ
昼、余が労働契約を締結したる御店へ出仕、しばし業務に精励す。業務終了せしが、夕刻まで今暫く時間あり。新天町界隈を闊歩し、窓購買に回りたるところ、銀玉打ちの騒音、余の耳に届く(@_@;)。先日の完敗、いまだ脳裏より去らず。耐へ難きを耐へ忍び難きを忍ぶれども、以て大敗の雪辱を期さんと欲す。当初14000円飲み込まれ、あわや敗戦の瀬戸際に立てど、余、反撃。陰陽師の銀玉台に席替わりて、「急々如律令(-人-)」。結果、連chan!26000円の大勝利を見るに至る。銀玉台陥落大奉祝提灯行列をば挙行せんと、毎度近隣のフツーの焼鳥屋へと赴く。余が注目したる美麗臨時労働女子仲居×2を眺めつつ、一杯。大勝利せしが、勝って兜の何とやら、質実剛健を旨として菜根ばかり食す。『池の鶴』、旨し。「賃貸偏奇館」に戻りて、また『なでしこ』をば一杯。酩酊す。・・・明日、亡母の四十九日を迎へしが、余は忠孝ならぬ“酎孝”ばかり尽くしたる毎日なり。嗚呼。
四月十一日 古琉球 夜、余が労働契約を締結したる御店内にて、新人異動者歓迎会なる催し、開催さる。ふと卓上見やれば、数本の泡盛あり。初見参の一本を手にす。5年古酒にて、また美味なり。500円の会費にて、飲み喰らわねば損損と、仕出しの寿司またオードブルをば、ガツガツガツと頬張る。満腹・・・うっぷ(~Q~;)。是にて夕餉の支度することも無しと思へば、安心立命。まっこといぢ汚きもの哉。会場にて横を見やれば、関連会社に勤めし女性にひとり美形居りて、室内に一際光輝を放つ。余、迅速に歩み寄り、挨拶を交わす。「どぉーもぉー、牛ですぅ〜(*^^*)」。されど会話も弾むこと無きに、すごすごと卓に戻る。何故に余はモテぬか?人生まっこと不可解なり。43度の泡盛に酔ひ、千鳥足にて帰館、高イビキして就寝す。嗚呼。
四月十日 黒伊佐錦 朝。某大手新聞社美人記者より電脳郵便、着信す。いと珍しき事哉。超久方ぶりの逢い引きのお誘いかと心中細波立ちたるに(@_@;)、さにあらず。単に個人郵便住所の変更通知なり。然れども、いざ鎌倉。「久方ぶりに電脳郵便頂戴し、心、歓喜に溢れ、言を失ふこと大なり。一献奉りたく候。ご都合如何か?」と返信認める。夕刻に為りたるも、返信来たらず。何故に余はモテぬか?人生まっこと不可解なり。夜、余が労働契約を締結したる御店そばの居酒屋にて、隊長と一献。同店、清純なる美麗臨時労働女子仲居勤め、お目当ての隊長および友人らの溜まり場なり。隊長はたまたシニア友人、盛んに同女へと声かけ賜いしに、その老いるを知らぬ様、益々御盛栄の限りなり。善良なるベースケ心こそ、元気ハツラツの素と得心す。余もかく有りたしと思ふ。嗚呼。
四月九日 霧島
池の鶴
夕刻。余、常時の事となりつつも、近隣のフツーの焼鳥屋へと赴く。維持瓶の『霧島』、底を突きたるに、大将に声かけ、『池の鶴』の維持化について依頼す。大将、厨房より出て、渋々なれども承諾。大将曰く「周囲の客人の視線を慮るに、一升瓶のまま為るは、至って具合悪し。五合瓶に取り分けて供ずるに異論無きや?」。余、首肯す(うんうん)。かくて、止まり木前にて『霧島』茶瓶、美麗臨時労働女子仲居に引き渡され、ここに、二年に渡らんとした一瓶独裁政権の崩壊を見ゆ。是、焼酎料飲界の民主化、酒界史的瞬間なり。然れども、余の財布の軽きこと、一向に解放されず。千鳥足にてユニ蔵の暖簾潜り、赤札付きシャツをば購いて、「賃貸偏奇館」に戻る。作り置きし洋風白煮物温め、ひとり啜る。じっと手を見る。嗚呼。
四月八日 雲海 早朝。余、家人と連れ立ちて実家へと向かふ。亡母の七日目のお参りなり。檀那寺住職、父としばし歓談。午後、筑前西部に立ち戻りて、諸々の雑事を為す。夕刻。家人にと、またまたカバのひとつ覚え洋風白煮物を仕込み、中華鍋振り上げ焼飯を作り置く。毎度泳ぎし雲の海。潜水すれど、瓶の底見ゆること無し。嗚呼。
四月七日 断酎 余、一昨日より着手せし消滅粕取焼酎に関する稿に筆を入れる。その最中、電脳郵便来る。すわ何事かと思へば、某粕取焼酎の仕込み再開の報なり。まっこと以て奇縁と言ふべきか。逝く物あれば還り来る物あり。嗚呼。
四月六日 雲海 朝。余、目覚めしは9時半なり。然れども家人、一昨日より朝6時出勤と早出に移行したる為、家に居らず。一人、寝ぼけ眼をば擦る。午前より午後に掛けて家頁を作りたるに、いよいよ以て暇人哉。家人とは偉き相違なり(@_@;)。夕刻前、近隣の超市場集合施設にて、破損せる洗濯物掛けの買い換え、また夕餉の「巻きキャベツ」の材料を購ふ。帰館し、Jimi Hendrix『Blue Wild Angel』、Sam Cooke『The Man And His Music』など耳に流し込み、調理に没頭す。前掛け姿も堂に入ったものなり。断酎せし積もりなれど、心持ち傾き、ちょいと一杯。長期瓶熟の『雲海』なり。底よりこんこんと湧き出る泉が如く、なかなか減ずること無きぞ哀しき。旨し。嗚呼。
四月五日 霧島 昼。昨夜飲み明かしたる分、懐も軽きに為りたるは道理。よって再度銀玉に行くも、返り討ちと為り果てる。ネオンの下に二匹目のどぜう、居ること無し。カバカバ!(T_T) 帰りしな、近隣のフツーの焼鳥屋にて一杯。毎度毎度の『霧島』なり。この御店に限りても、飲み続けること二年余り。さすがに飽く間が来りて笛を吹く哉。余のみの特例処置として『池の鶴』を維持瓶とせること、大将と交渉す。次回より決定と為る。嗚〜呼。
四月四日 川辺
たる繊月
長寿萬年
いも麹芋
泡波
午後。余、峰の露酒造福岡営業所をば訪ねる。眉目秀麗極まる堤純子令嬢としばし懇談。余、ウハウハなり。然れども、隊長およびあげまき隊員、熱々現場に乱入せしに、密談の場メタメタと成り果てる(T_T)。純子令嬢、『川辺』『たる繊月』をば振る舞ふ。益々以て美味哉。夕刻、純子令嬢定時にて、余、昨夜の銀玉勝利の気大きくなりたるに、居酒屋へと誘ふ。つまり“エエかっこC”なり。『御膳屋』にて数刻、その後『まりりんBAR』へと移動す。店内に座してしばらく、中洲川端芳子嬢、堂々の御降臨を見ゆ。相変わらず美麗なり。隊長酩酊せるに、選挙の立候補者よろしく、芳子嬢の手を取り握手の連発。余も負けじと手を取りて、Tightに握手。甘露甘露。その醜態に、純子令嬢およびあげまき隊員、唖然とす。嗚呼(~Q~;)
四月三日 なでしこ 夕刻。余、地下式陸蒸気駅前に店構へる銀玉打ち屋のネオン、銀玉の弾かれる騒音に気を惹かるる。台に座し、二刻余り。余の懐、参萬圓ほど増殖す。まっこと慶事なり。一陣の特需景気、気宇壮大に陥りしところなれども、そこはしかと心引き締めたり。駅隣接の超市場にて「肉じゃが」の材料を購ひ、また酒屋に立ち寄りて帰館。昆布、鰹節にて出汁を取りて汁の、皮剥きつつ「肉じゃが」の作務を為す。その渦中、家人館に戻りたるに、余、味見を促す。家人曰く「汝、ちと味薄き故、醤油さらに加うるが最上」。厨房の道、遥かなりき。goida君より移動式携帯簡易伝声機に連絡あり。日向國での新所帯、ようようにして落ち着き見せ始めた由。断酎とは思いしも、『なでしこ』を一口。嗚呼。
四月二日 久米島の久米仙
はんたばる
残波
古酒屋
昼。余、急激に泡盛を吸飲したき心持ちとなりたるに、「一献如何か?」と某大手新聞社美人記者に電脳郵便をば認める。夕刻を迎えしが、返信無し。毎度の事なり。耐え難きを耐えられず、ある麦料理専門店へと、余一人赴く。『麦や七蔵』と称す店なり。高度数の泡盛をば中心にかっ喰らふ。さすがに初手から四十数度とは無謀、と思いはすれども、所望す。「おろ(@_@;)」・・・御店の洋風仲居、これまた美麗にて、泡盛の酔い加わり、脳の髄、フラフラ感に襲わるる。料理もまた美味にて、ガツガツガツと食し満腹なり。言を失う腹ヒレホレ状態にて帰宅す。まっこと泡盛古酒の枯れたる味わいに刮目の一夜とならん。嗚呼。
四月一日 黒伊佐錦
霧島
雲海
本日、当家頁の祭日なり。夕刻、余が労働契約を締結せし御店近くの居酒屋にて、隊長およびあげまき隊員と久方ぶりに一献傾けたるに、突如、某地元雑誌美女副編集長S嬢、同店に顕現す。おお!余の為に、御降臨遊ばされたるかと思へば、さにあらず。隊長との面会なり。隊長のみ、ウハウハ。何故に余はモテぬか?人生まっこと不可解なり。夜、近隣のフツーの焼鳥屋を経由し、「賃貸偏奇館」に戻り、米を研ぎ、夕餉の支度を為す。途中、電気紙芝居箱にて、某国におけるBig Businessの進展を見ゆ。高所大局からの論、大義名分、大上段に正義振りかぶれども、得てしてその論客、眼前の不義、不実を看過し、多弁にて沈黙と相変わらぬこと、多々あり。それも人の世なりけり。而して、「天知る、地知る、我知る、他人知る」の喩え有りて、その不実、人は看過せず。驕る薬座擬きは、久しからず。心すべし。嗚呼。
三月三十一日 雲海 ん〜〜〜〜ん。忘れた。あ〜あ。
三月三十日 霧島 昼。久方ぶりに家頁の作成を為す。美女の頁なり、肩に力入るも人の世の理。余、この企画のみに執心したき想ひなれど、万巻の頁重ねる程、モテルこと無く、故に断念す。背景音楽にJimi Hendrix『Electric Ladyland』、The Creation『Our music is red with purple flashes』、はたまたSlade『Sladest』、David Bowie『Aladdin Sane』などをば流し没頭。夕刻、読書したき心持ちとなりたるに、書を持ち街に入りて、近隣のフツーの焼鳥屋へと赴く。繙くは『明治東京下層生活誌』なる一冊。懐心もとなく軽き財布にて、菜根ばかりを食す。同書より一節を引く。「貧民中にもやや無事に月日を送る人なるべし。乙なるは魚売りを業とし(下物屋)、夫婦二人暮らしにて家賃は前と同じく一ヶ月四十銭、一日二銭ずつの日懸けなり。夫は終日天秤棒を肩にし鰯または雑魚、蟹、殻蜊等を売り歩き、一日に二十五銭位の儲けありといえども、帰途に濁酒(どぶろく)を飲みて家に持ち帰るはその半ばなり」(「府下貧民の状況」明治19・1886年)。時、平成に変わりたれど、一向に庶民生活の有様、変わること無し。嗚呼。
三月廿九日 宝満
萬年35度
長寿萬年
諸白
薩摩・古秘
夕刻。渡邊幸一朗専務より入電。筑前での業務一段落せしが、時間に猶予ありと。ならばと、怒濤の焼酎蒐集家・いで氏より御教示いただきたる西新の焼鳥屋「ホーマン」へと案内す。同店の知る人ぞ知る品「ハツ刺し」、少量しか無かれども、迷わず注文。絶品なり。焼酎『宝満』も旨し。いで氏、筑前に立ち寄りたる際、たびたび通われたるも納得。次なるは、またまた懲りもせず中洲『まりりんBAR』にて一献、またまた懲りもせず中洲川端芳子嬢を拝み合掌す。芳子嬢、正に迷へる焼酎衆生を救い給ふ女菩薩の如きか。嗚呼(-人-)
三月廿八日 無濾過・萬年
万年・麦
萬年25度
萬年35度
夜。渡邊酒造場の渡邊幸一朗専務、筑前に来る。『萬年』の蔵元なり。早速、荒馬、カネゴン、むきたまご各隊員らと共謀して、歓迎会をば催す。初手は中洲近隣の鯨料理店にて一献。続いて、『まりりんBAR』にて飲み続けたり。同店にて、筑豊にて某酒販店を構えたる若主人も交へ、歓談す。その刹那、突如店内より鮮やかなる光彩、燦然と輝きたるに、ふと見れば中洲川端芳子嬢なり。神が作り給ふた人的造形において、斯様な至上の美は未だ見ること無し。余、毎度の事とは言へ、嘆息し天を仰ぐ。酒務所前縁にかぶりつきたる諸氏も同様の心持ちと思しく、しばし沈黙・注視の時、流れたり。余、出痔亀構へ、撮影に挺身し過ぎること、6時間。幸一朗専務と賃貸兵員輸送車に同乗し家路を急ぎたりしが、帰着午前3時なり。嗚呼。
三月廿七日 春雨・20年古酒 夕刻。無性に「鯛のあら炊き」を食したくなりしに、帰途、地下式陸蒸気駅近くの超市場に立ち寄る。何故か、鯛のあら、無し。二軒目の超市場に赴く。またしても、あら無きに、余も意地になりて三軒目へと急ぐ。ようやく鯛の顔を拝みたりけり。余、昆布および鰹節より出汁を取りて鯛のあら炊き、あおさの味噌汁を作り置き、家人の帰宅を待つ。ひとまず味見す。「清冽なる出汁、素材の旨味響き合い、心地よく五感に浸潤するが如く、職業料理人も刮目、言を失う味なり!」と自画自賛。余の腕、いささかも衰えずと得心。午後九時過ぎ、家人帰宅す。一口味わって曰く「醤油、味噌の量多くして、辛うして食すこと能わず。味見せしか?」。余と家人の嗜好、隔たること千里万里の果ての如し。家人、就寝す。余、ひとり『春雨・20年古酒』を啜る。いと深き味、ひたすら浸みる。嗚呼。
三月廿六日 春雨・20年古酒 夕刻。隊長、余が労働契約を締結せし御店に来る。手に瓶あり。昨年、隊長が帝都を訪れたる際に購入した『春雨・20年古酒』のお裾分けなり。余、一言也ともお裾分けを隊長に要求せしこと全く無きに、さっすが隊長、心配りの人なり。夜、「賃貸偏奇館」に戻りて、家人の為にと洋風白煮物をば作る。近隣の超市場で購いたる「関鯖刺身・定価780円(2割引赤札貼付)」、賞味日付過ぎたる丸天を摘み、『春雨・古酒』をあおる。旨し!旨し! 午後十時過ぎ、家人、帰宅す。白煮物を啜りし折、ふと超市場の購入領収票に目をば止める。家人宣わく「汝、関鯖購いたりしか。而して、そは何処? 我も食したき心持ちなり」。余、我が腹をば指差す。家人、「(-"-)」。一言も無し。嗚呼(@_@;)
三月廿五日 霧島
与作
正体不明芋焼酎
雲海
夜。goida君への送別の小宴を、幾度も彼と杯傾けたるフツーの焼鳥屋にて催す。拙宅「賃貸偏奇館」の近くなり。昨年三月三十日、彼と初めて会ひ一献傾けて、早一年。思へば、彼が日向より筑前に戻り職に就くも縁。拙宅近隣に住まひたるも縁。来月日向に戻り新たな職に就き、さらに新所帯を構へるもまた、不思議な縁なりき。時計の針、午後九時を回る。彼、『霧島』湯割り四杯で視線茫洋と為りたるが、余、「まあまあまあ」とさらに誘引。「まりりんBAR」に繰り込む計あるも、時が許さず。ここは近隣にて腰落ち着けるが良策と、地下式陸蒸気駅前まで賃貸兵員輸送車にて移動、極々大衆的定食屋兼居酒屋にて再度飲む。午後十時、駅前にて彼と別れ、家路を辿る。余、「賃貸偏奇館」にて再び『雲海』を啜る。嗚呼、あのクソ暑き夏の日々よ。彼居らずんば、粕取焼酎の現況を探ることもまま為らず。実地検証を行ひ、見聞せし記録をば残せしは、すべて彼の努力と情熱のお陰なりき。切にgoida君の御多幸と御発展を祈る。
三月廿四日 霧島
雲海
昼。余が、出先から労働契約を締結したる御店へと戻りし折、玄関口にて某地元雑誌美女副編集長S嬢と奇遇なる再会を果たしたり。「昨今まったき消息を聞くこと無く、余、焦燥の感覚えたり。此処で出逢うもまた合縁奇縁。故に今夕、一献如何か?」と問えば、「現今、多忙極め、入稿に追われ、余す時間無し。故に、再見」。S嬢小走りにて駆け抜け、取り付く小島も無し。何故に余はモテぬか?人生まっこと不可解なり。他に、取り立てて記すことも無き日常哉。夜。館の近隣、「筑前三番鶏」にて維持瓶の『霧島』を愛でる。館に戻りて、また『雲海』。美味なり。嗚呼。
三月廿三日 麦酒
雲海
午前。台所回りを漁るに、買い置きし馬鈴薯、人参など、日経ちて芽吹きおるを見ゆ。一月来、家人、土日休み無く働き立ち回りて、家事を為す余裕も無し。余、家人の為と一念発起。馬鹿の一つ覚えなれど、印度風辛飯を作らむと前垂れして励む。昼、家人実家にて義祖父の七回忌法要に臨む。「まぁまぁまぁ」と、麦酒を少々頂戴す。「賃貸偏奇館」に戻りて、再度調理に没頭す。野菜消費の為とは言へ、寸胴鍋一杯に作り過ぎるは、これまた失策哉(>_<)。夜十時、家人戻りたるも、疲労困憊甚だしく、食も進まぬ有様なり。然れども、室内に充満せし辛飯の香に惹かれ、一口のみ食す。家人、就寝。余ひとり、食事部屋にて「雲海」を啜る。これ、昨年家人の友より頂戴せし、一年瓶熟物なり。美味。嗚呼。
三月廿二日 桜島・年号焼酎 朝、実家に戻りて、兄ともども、部屋の整理に没頭す。箪笥や食器棚、冷蔵庫などを動かし移し片付けたること、八刻。途中休憩せし折、余が飲み残したりし『桜島・年号焼酎』、厨房脇に有るを目に留むる。思わず、一杯。夕刻、余が手ずから印度風辛飯を作りて、兄と喰らふ。夜、兄が運転したる四輪駆動式軽自動車にて、筑前西部へと帰還す。足腰、ヒジョ〜に疲れたるは、寄る年波なりしカバ。嗚呼。
三月廿一日 焼酎12銘柄
ジン・トニック
ギネス
桜島・2000年
萬年35度
夜。余、隊長+あげまき}若大将+ほたて+カネゴンの各隊員と連れ立ちて、「まりりんBAR」にて開催さる『銘酒会』に参加す。『銘酒会』と云ふは、銘柄を覆面で試飲せし趣向の集ひなり。銘柄当ては無けれども、個々人の好みにて主人の出せる覆面焼酎の順位を付け、その銘柄を後に公開して、これを楽しむ。なかなか一興。途中、愛媛県で造られたる麦焼酎を賞味す。隊長およびあげまき隊員は、終電の時間至って中座せしが、余は午前零時過ぎまで、飲み笑ひ騒ぐ。中洲川端芳子嬢の姿無きこと、一抹の寂しさを覚へたり。とは言へ、ほたて隊員の美貌は健在なり、ウハウハ。嗚呼。
三月廿日 夢航海
響天
久米島の久米仙
etc
昼前。余、某国にてBig Businessが勃発したるを聞く。血は油より軽し。夕刻より、地元鉄道会社の経営なる商業料飲施設にて、「福岡泡盛会」の例会、開催さる。隊長、Dチン隊員ともども、是に勇躍参加す。場内、百人は優に越したる参加者にて、その規模に驚嘆す。隊長、しばし同会の山城事務局長と歓談、泡盛・焼酎談義に花咲く。転じて余と言へば、眉目秀麗なる淑女・姐様をば探索することに多忙を極めたり。若年にして瞠目の美女発見したるも、近接すること能わず。邪念、まさに泡の如くなり。嗚呼。
三月十九日 断酎 昼。長年使い込んだる移動式携帯簡易伝声機、縁ちびて色落ち鍍金剥げ、蓄電池も寿命短くなりて、すわ機種変更の時期かと御店へ向かふ。余、極めて物持ち良く、即ち貧乏症なり。御店にて、応対せし美女店員の秀麗なる面立ちのせいか、はたまた昨夜の深酒の祟りなるか、突如として心身、荒波に弄ばれし小舟の如く為り果てる。昨今、体の節々も痛く思ゆる折なれば、痛風の声を聞くことも間もなくか。「汝、身を削って飲み喰らふとは、愚の骨頂なり。節制有るのみ!」と、家人宣ふ。明日もまた飲ん方控えしが為に、断酎。嗚呼。
三月十八日 八幡
き六
黒伊佐錦
朝。家人と連れだちて筑前は北九州市へと向かふ。先月末、突如鬼籍に入りたる亡き母の、七日目のお参りなり。檀那寺住職、読経に来る前、兄が片づけし部屋の内を見ゆ。葬儀後に余が購いたる『年号焼酎・桜島』の中身未だ残る瓶、目に止まるに、思わず一杯飲みたき雑念生じたり。が、我慢。思へば、通夜の席にて『黒霧島』900mlパックをかっ喰らい酔いさらばえて、遠来の親戚と争論したることも、また昔日の如し。是また“しょちくれカバ一代”の誉れなり。「馬鹿、死去せねば、治癒すること無し」。夜、余が就労契約を締結せし御店の退職者の送別会に赴く。事後、隊長に移動式携帯簡易伝声機にて連絡したれば、意外や意外、近隣にて飲み会中なり。即座に合流して呵々大笑す。然れども、この一年まっことご縁無き某大手新聞社美人記者の面影、ゆらゆらと胸中をかすめて、杯あおぐも哀しき哉。嗚呼。
三月十七日 霧島 昼。余、痛く焼酎が恋しくなりぬるに、才色兼備の誉れ高き某地元雑誌美女副編集長S嬢に電脳郵便を認め、「久しく逢うことも無し。故に今夕、一献如何か?」と問えば、何の沙汰もなく早夕刻を過ぎたり。何故に余はモテぬか?人生まっこと不可解なり。拙宅「賃貸偏奇館」に一人帰るも口惜しく、近所の焼鳥屋にて一献。余の尿酸値なるもの、近頃大幅に基準を超越したる状況故、「ぷりん体」は禁忌なり。安価かつ健康を考慮したる結果、野菜串を喰らふ。聞こし召し過ぎて、千鳥足。嗚呼。
三月十六日 断酎 朝、覚醒せしが、右足膝に強き痛みを覚えたり。膝上に青黒き痣有りて、打撲せし状態なり。余、斯様な記憶一切無きにして、更に昨夜痛飲したる状況の半分も胸中に有らず。又も酩酊の不始末かと、goida君に聞けば、「貴兄、賃貸搬送車に乗車せんとするその時、車両外枠におのが膝を激突せしめたり。その余りの痛がる様、直視すること能わず」と云ふ。また家人に改めて聞けば「汝、直進歩行することも叶わず。泥酔とは即ちこの有様かと、まっこと情けなき事なり」と痛言を賜る。「了解すれども、止めること能わず」。嗚呼。
三月十五日 桜島
桜島・原酒
南泉
萬年
無濾過・萬年
朝より、久方ぶりに電脳頁の手入れを為す。昼、天神に出向きて、昨日購入し損じた家人への「白色日」の返礼物を購ふ。遅きに失すとは言へ、触れば祟る山の神、家内安全・国家安寧の願い込めたる供物なり。合掌。夕刻、余の遠来の友、筑前に来る。薩摩の人・あぷぅ氏と一献傾ける。同氏、出張にて筑前を訪れること多々有りしが、未だ当地にて杯を重ねること無きに、今時が初の合同酒会なり。あぷぅ氏の頭髪、瞬時にて伸張したれば、一転脱毛するもまた摩訶不思議。所変え、「まりりんbar」にて重ねて一献。後刻、goida君も来たりて、酒席大いに賑わふ。同店店主の御息女と噂される美女・中洲川端芳子嬢、突如として宴席に御降臨遊ばさる。筆舌に尽くしがたき美麗さ、刮目の美・美・美、まさに言を失ふとはこのこと。「汝、退勤時間は何時なりしか?余、極めて時間僅かとは言へども、共有したき心持ちなりしカバ」と粘着的に申せば、店主より一升瓶振り下ろされ、交渉は即決裂なり。嗚呼。