【長月・弐】
It's A MANNEN's MANNEN's MANNEN's World

2003.09.07 by 猛牛


自然豊かな宮崎県宮崎郡田野町で、芋焼酎『萬年』を造っている渡邊酒造場

創業は大正時代。四国出身の初代は、愛媛県の伊方を飛び出して、アメリカに渡りました。林業で成功して帰国、故郷に錦を飾ったのです。そののち九州に渡り、田野町を通りかかった際、売りに出ていたこの蔵を見つけました。

蔵を購入してこの地に定着し、初代の子孫が現在も醸造を続けています。いま、造りの担い手となっているのは、その子孫、渡邊家の3人の男たちです。

中央に立っているのが、二代目の渡邊一男さん、左が当主の三代目友美さん、そして右が若き四代目幸一朗さん。親子孫の三代が造りにたずさわっています。

(BGM:James Brown「It's A Man's Man's Man's World」)

渡邊専務「祖父の一男は大正12年の2月生まれですから、ちょうど80歳です。戦時中は朝鮮半島に駐屯していたそうです。やはり戦中や戦後の混乱をくぐり抜けてきた人達は辛抱強いですね。八十過ぎても仕込みにはなくてはならない人ですよ。芋掘りから蒸留まで、全てを手伝ってくれます」

渡邊専務「親父はっすねぇ、昭和24年の4月生まれだから、54歳ですか。一見、柔和な顔してるでしょ? でも、僕には厳しいんっすよ(>_<)。職人気質っていうんですか? もぉ〜昔からかたくなというか、常圧蒸留に一徹にこだわってますね、それがうちの焼酎の味だって。それだけに厳しい時代を過ごしたんでしょうけど・・・。また貯蔵にも熱心に取り組んでいましたねぇ。お陰で『鶴の荷車』が生まれたわけです」
渡邊専務「僕っすか? 僕は、昭和51年の3月生まれで27歳です。三年ほど前に蔵に入りました。勉強中です(^_^;)」

この三代の渡邊家の男達が中心となって、今年も仕込みが始まります。

ところで、蔵での作業も、現在は機械化が進み、重労働が軽減されました。といっても、力仕事が多いことは今も昔も変わりありません。男性がどうしても主役とならざるを得ない面もありました。

(BGM:Aretha Franklin「Respect」)

しかし、仕込みの最前線に立つ男性陣の影で、女性たちがしっかりと蔵の毎日を支えていることも忘れてはなりません。当主友美さんの隣りに立つのは奥様、渡邊幸一朗専務のお母さんでもある、真利子さんです。

渡邊専務「母は昭和・・・女性ですから、年齢は控えましょうね。同じ田野町の出身なんですが、よくこんなところに嫁いだなぁと、息子ながら感心しますよ。うちは人手が足りないので、もちろん母もほとんどの作業に携わります。芋掘りから芋洗い、瓶詰め、そのほかに家族のための炊事、洗濯、蔵の事務仕事・・・。自分が蔵に入ってから少しは楽になったのではと思いますが、それでも家族の中で一番バタバタと忙しいのではないでしょうか。少しは楽をさせてあげたいと思ってます」

渡邊酒造場の焼酎造りは、祖父・一男さん、父・友美さん、母・真利子さん、そして孫の幸一朗さんに加え、近くに住んでいらっしゃる友美さん夫妻のご兄弟もお手伝いに入り、文字どおり一家総出で行われます。

さあ、実際の造りの現場を覗いてみることにしましょう。


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