2000.12.19 by 猛牛

○○○○さん、お久しぶりです。
猛牛ですばい^^

先日は夜お電話いただき、ありがとうございました。わても残業してましたけど、この時間に誰だろうと思ったら、○○○○さん。うれしかったですにゃ。

翌日飯でも食べながらお話をということで、わても久しぶりにお会いしたかったですが、ちょうど出張が重なっていたので、残念やったです。

正月明けからの仕込み、今は米を磨いてらっしゃるとのこと。お仕事お疲れさまです。仕込みに入ったら四月までは“門外不出の○○○○さん”になられるんで、ほんと会いたかったですばい^^。

さて、電話で伺った『伊ゾ松二百万石船道中』の件、ちと気になりましたのでお手紙差し上げました。○○○○さん曰く「なんか凄いことになってますね。蔵元さんの気持ちを思うと、同業としてちょっと辛いものがある(^_^;)」というお話でしたね。

造られているお立場からすれば確かにそうでしょう。誰でも自らが精魂込めて造った成果物を悪く言われたくはない。それは仕事は違いますが、わても同じです。しかし、特にお酒の場合は嗜好品であるが故に個々人の好みが別れるのは致し方ないですわね。

お電話で○○○○さんもおっしゃってましたけど、酒を飲む行為というのは、酒を造るサイドと飲むサイドの「主観と主観のぶつかり合い」ですよね。確かに造られている蔵元さんのご苦労を想うと、両手合わせないとイケンとでしょうけど・・・でも不味いもんは不味いとですよ(^_^;)

話は飛びますが、考えてみれば贅沢な話です。敗戦後は酒どころか食い物さえなかった。わての祖父は朝鮮海峡を渡る軍事物資の輸送船に乗っていた船員でした。だから敗戦後、物資を満載した船で戸畑に帰り着き、その物資で戦後をしのぐことができました。しかし、積んでいたエチルに親類縁者から他人までがハイエナの様に群がったという話をお袋からよく聞かされましたね。・・・闇市で一儲けできたのにな(苦笑)

まぁ、根底には「主観と主観のぶつかり合い」などという自分にも、“贅沢なこと言うな”という懐疑的なものを抱いてはいます。「幻の・・・」なんていう惹句に引っ張られて大枚をはたけるご時世・・・考えてみれば良い時代なのかも知れません。

とはいえ、嗜好品は個々人の味わいが異なるからこそ面白いのだし、飲んで自分の主観に基づいて語るしかないとですたいね。わてはあの稿で、二つの銘柄について書いています。『森の伊ゾ松』と『百年の孤独』です。どちらも実際に飲んで、美味いとは思わなかったです。『森の伊ゾ松』は○○○○さんとも一緒に飲みましたよね。

でも、わて自身が不味いと思うだけで、あそこまで“特集”したりはしません(爆)。美味い(美味いんだろう)と思うお大尽な方は、大枚はたいて買えばいいことです。わてにとって“お大尽”や“大枚”なんぞ縁の無い話です。

時代が変わったのは、敗戦後酒にハイエナの如く群がったのは飲兵衛だったのですが、いまでは逆に飲兵衛が・・・。いや、これについては屋上屋を重ねることは止めましょう(^_^)

わては蔵元さんの誠心とは別の次元で蠢く、隠微なメカニズムを“すかん”と思っているだけですばい。

というわけで、またゆっくり飲みましょう。そうそう、あの時、『森の伊ゾ松』を飲んだ駅前の居酒屋がよかですな。あそこの豚足、絶対に食べに行きましょ。再会を楽しみにしちょります。

というわけで、また(^^)/~~

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