2002.03.01 開講
本学の笑学部、焼酎産業学科の教授であります、杜 伊蔵でございます。本日もよろしくお願いいたします。

さて、今日は久しぶりの公怪講座としまして、焼酎を楽しむ上での新しい概念『家具の焼酎』という考え方をご紹介したいと思います。

◇   ◇   ◇

まず本日のテーマであります『家具の焼酎』とは一体なんでありましょうか。これはあの20世紀の先駆的作曲家エリツク・サテイが提唱いたしました『家具の音楽』という概念を焼酎に敷衍したものであります。

(教室:ほぉ〜)

まずサテイですが、現代音楽、環境音楽、果てはロックの世界まで強い影響を与えた人物でありまして、最も有名な作品「ジム飲兵衛ティ」をお聴きになられた方も、今日御参加の方の中に多いかと存じます。

(教室:ふむふむ)

19世紀においては、作曲家個人の偉大なる感性が崇高なる内面的世界を表現するために音楽を創造するという、作家性への強固な“信仰”があり、そういう天才をことさら崇め、神話化・偶像化しておった訳であります。

いわゆる“19世紀ろーまん主義”が帯びたそういう心性が生み出すのが、ことさらその手の音楽を有り難がり、小難しく解釈することが“高尚”であると思い、かつ他の音楽をオゲレツと見下すことであります。

独逸ろーまん主義の代表格でありますワーグナアの荘厳かつ仰々しい大艦巨砲的オルケストレーションとは正反対に、サテイは日常室内にある椅子やソファの様な、聞き手に妙な意識、構えを起こさせない音楽を目指しました。つまり『家具の音楽』という概念の登場となったわけであります。

音楽に気をとられることなく、あたかも音楽などは存在していないかのような音楽。飾り絵やロビーに置かれている椅子という環境に同化したような、オブジェ程度の役割を持った音楽づくりを目指したのでありました。

◇   ◇   ◇

ところで。“19世紀ろーまん主義”というのは焼酎の世界においても現今蔓延しておる様子でございまして、あえて申しますなら“焼酎ろーまん主義”であります。

一昨日の夜、テレビを見ておりましたら、筑前南部にて開催された「高級焼酎試飲」の会の模様がニュースで流れておりました。某酒販店の主宰らしく、料飲店関係者を招いての限定的試飲会で、私自身も見たことがない、一般酒販には出回らない、高級居酒屋やバー向けのオリジナル高付加価値焼酎がズラリと並んでおりました。

「うむ。“高級焼酎”って、やっぱり美味いですね」という参加者のコメントが、ぬぅあうんともテレビを覗いていた私の耳に残った次第であります。“高級焼酎”とは一体どういう存在でありましょうか?

これは不肖私があえて申し上げますなら、まさに19世紀的な焼酎ろーまん主義の産物でありまして、神話化・偶像化の最たるものだと考えております。

◇   ◇   ◇

そこで今回、そのアンチテーゼとしてご紹介しますのが『家具の焼酎』の概念ということになります。『家具の焼酎』が何を指すかと申しますと、一般焼酎、レギュラー焼酎のことであります。

(教室:ん?)

例えば、ディス屋の何列も並んだ巨大な焼酎の棚にあって、プレミアム焼酎と並んでいながら、高額銘柄に血眼の買い手にはまったく存在が意識されない、眼中に入っていない焼酎でございます。

売場では意識されない銘柄でありながらも、安くて美味い焼酎。これを『家具の焼酎』と捉えまして、まったく心身がこわばることなく、肩肘張らずに楽しめ、かつ財布にも優しい“アンビエント焼酎”として称揚するものであります。

それは、飲兵衛の生活環境に同化した、高尚な能書きとは対極にある存在なのであります。

現在、特定銘柄の焼酎が極めて異常な価格で販売されております。またそれとは正反対に、極めて安価な大容量のペットボトル焼酎がカバ売れしている状況も、店頭を見ておりましても厳然として進行しているのが解ります。

つまり消費の二極分化傾向が顕著でありますが、その二つの逆方向に拡がったベクトルの間で埋もれることとなっておりますのが、一般焼酎なのであります。

地域文化として定着しております一般焼酎を守るためにも、『家具の焼酎』という概念を導入いたしまして、焼酎ろーまん主義からの超克を図ることが、現在最も必要であると私は信じる次第であります!!!

というわけで、なにかご質問があれば、承りますが・・・

・・・はい、前から4列目の方。

(受講者:センセ。センセは「家具の焼酎」概念について、どのような実践をなさってますか?)

はい。『伊佐美』の定価販売の行列に並んでおります。

(教室:おぃおぃおぃ・・・(-ー;)



※これはフィクションであり、実在する個人・団体・商品とは一切関係なく、また誹謗中傷をするものではありません。


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