2004.12.15 九州焼酎芸能ニュース掲載 2005.1.15 加筆再録 by 猛牛

■酒界史的瞬間を目撃するために、
「行ってきました」管理者・うに氏も関東から来福!

12月11日、大日向焼酎共栄圏の主導者・石原けんじ大佐先生こと、焼酎評論家・与健二郎先生こと、ハングル講師・ヨ・ケンジュン先生こと、日向焼酎落語協会会長・Mが家與太郎こと、「しょちくれケンちゃん」管理人・けんじさんが、ついに繊月酒造御息女・堤純子さんとの世紀の御対面を果たした!

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12月8日午前、まず石原けんじ大佐先生が所用で急遽筑前を来訪することが判明。そこで、隠忍実に有余年、これまで諸般の事情でなぜかすれ違いばかりだった堤純子さんとの会談を本紙が社運を賭けた事業として実現に向け動き出した。

実るかに見えたこれまでの機会も大佐先生のドタキャンで絶好の機会を逸していたとの批判もある中、大佐本人が「僕はジュンジュンに嫌われている(T_T)被害妄想的に落ち込むなどしていた。

しかし、耐え難きを耐へ忍び難きを忍ぶ大佐先生の精神的状況を判断して、本紙主筆が蔵中に参内、堤純子さんに上奏した。「私も、大佐先生との会談を希望・し・ま・す つつみじゅんこ」との勅を賜り、日の目を見た。

11日午後7時より、石原けんじ大佐を主賓として一次晩餐会を開催された。会場は探検隊隊員・ほたて女将の居城『むろや』にて。女将の色香に吸い寄せられた多くの男性諸氏で賑わうと評判の店だ。

同日のメンツは、その香気漂う女将のもとに通って焼酎を寄贈するのが趣味という「九州焼酎探検隊」協力者・六石氏、カスクトリウス派キリスト教・カネゴン司祭に加え、関東から特別ゲストが参加した。また別件で大佐先生にお礼を申し上げるため、本紙主筆夫人も同席させていただいた。

左から六石氏、大佐、カネゴン隊員、うに氏
ところで今回の歴史的瞬間を一目見んと関東より駆けつけていただいたのは、焼酎サイト「行ってきました」管理人・うに氏。同サイトは平明かつ滋味ある文章で、焼酎の良さや醸し出される風土の魅力を伝えるコンテンツが多くのファンを唸らせている。
カネゴン司祭(左)と、関東から急遽参戦していただいたうに氏(右)
うに氏は15日から球磨人吉から宮崎を回る旅程を予定されていたが、堤純子さんとの会談が決定して上気した石原けんじ大佐がうに氏にホットラインで状況を報告、急遽来福を決意されたという。

うに氏「なんといっても、大佐と純子さんが会われるというんですから。こりゃぁお邪魔しない手はないと思ってですねーーー(@_@;)」

さて宴席は極めて冗談とシャレにまぶされた健康的な焼酎談義はそれから午後9時過ぎまで続いた。登場した焼酎は、あの幻の名品『ちびちび』『橘』ペットボトル平成7年製、中国国宴用黄酒『会稽山』、そして堤純子さん御謹販売・米焼酎『川辺(かわべ)』旧峰の露ヴァージョンなど。

今回話題の中心となったのは『ちびちび』。かつて一世を風靡したが今や絶版、真の幻となった同品だが、これをあるがままの酒として、「リキュール」として捉えたらこれは本当に美味しい、という意見が宴席の大勢を占めた。
ずっと以前、この品の是非についてミョーに力んだ論説を唱えたサイト管理者が居たらっしゃったが、今回これを飲んでみて、当時主筆が思った「『中身がどうであろうと、一飲兵衛として旨いものは旨いで、それでいいではないか』……となぜおっしゃられないのだろう」という感想を再想起した。

確かにこれは、“良い酒”だと思う。「イケマセン、イタダケマセン」などという声は出席者からまったく出なかった

そういえば数年前、ある御方、本誌主筆や某焼酎NPOサイト管理者・笹一角会長がこの作品が想起した問題について御方掲示板にログを書き込んだ際、「他県の人間がK県焼酎について語るな!」と叫んでいらっしゃった。が、その御方自身は、現在も他県の焼酎を“評論”されている。

さすが筋の通った首尾一貫した姿勢ととてもご尊敬申し上げている次第だ。瞠目である。

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さて、堤純子さん御謹販売の『川辺』を手にして大佐が、

大佐「あのぉ・・・この“かわべ”は・・・ですねぇ・・・」

主筆「大佐? “かわべ”?(-ー;」
大佐「うっ!(>_<)」
カネ「あ〜〜〜! 純ちゃんに言ってやろ!(-.-)y-゜゜゜」
全員「(合唱)純ちゃんに言ってやろ!純ちゃんに言ってやろ!(-"-)」

いよいよ御対面を目前にして、緊張のあまりか商品名を間違えた大佐だが、その“こわばり具合”を主筆夫人が冷静に観察していた。その模様を主筆夫人はこう語った。

主筆夫人「けんじさん、最初は和やかだったのに、時間が経つにつれて段々と顔がマジメになってきていたのよ。他のみんなはお酒が入れば入るほど、饒舌に盛り上がってきたのに、けんじさんだけが真剣な面もちになってしまって。相当緊張していたとみて間違いないと思うわ」

堤純子さん恋しさのあまり『川辺』に囓り付く石原けんじ大佐先生
いよいよ御対面が迫った。謁見会場へと移動する。

12月11日午後9時30分頃、博多中洲『まりりんBAR』の建て付けの悪い扉が優しく開いた。

いつも薄暗い内部、愛想のない福田マスターがさらに陰鬱な印象を与える『まりりんBAR』(嘘)。内部に所狭しと貼られた悲劇の女優マリリン・モンローThe No Returnの写真が、若干のウハウハ度を与えてはいるが。

しかし扉が開くと同時に、冬の乾燥した空気が一転、爽やかで柔らかな春風が寄席内にそよいできた。待ちに待った繊月酒造御息女・堤純子さん、その御臨席の瞬間である。

当日も多忙を極めていた堤純子さん。午前から午後にかけてはイベント出展ブースでの立会、そして夕刻からはヴァイオリニストとして所属されているオーケストラでのクリスマス演奏会に向けた練習に参加されていた。繊月酒造の営業最前線としての御公務に加えて、まさに御嬢様・御息女の鑑とも言ふべき御趣味の世界でも分秒刻みのスケジュールをこなされた上で、畏れ多くも勿体なくも行幸賜った。

今回の御対面を上奏した本紙主筆に対し、堤純子さんは親しく御言葉を賜り会談を御快諾。

「純思ふに、同日午前は筑前円形天蓋球場にて公務、その後本月中旬に予定さる演奏会の洋弓琴の修練有るも、午後九時半には寄席席上に在り。純は汝酎衆の酎誠勇飲に信倚し、速に大佐被害妄想を芟除して焼酎永遠の平和を確立し、以て繊月の光栄を保全せむことを期す」

との勅を発せられ、目出度くも世紀の御対面は成ったのである。

堤純子さんが『まりりんBAR』の狭苦しい通路を楚々と奧へ向かわれる。大佐先生は突然起立。大佐先生が晴れの日のために着用した擬似燕尾服の右肩が、微かに振るえている。店内の空気がピンッと張りつめる。

一瞬、堤純子さんの視線が大佐に凝縮された。

ついに御対面。瞠目驚愕の表情を見せる堤純子さん、体がフリーズした石原けんじ大佐先生
純子「…………………((@_@;)と目礼される)」
大佐「あっ………あのぉ………そっ………そのぉ………そっそっそっそっ(>_<)」

言葉にならない。感動に打ち震える大佐先生の心中が痛いほどこちらに伝わってくる。堤純子さんはといえば、大佐先生が誇る堂々たる“日向熊襲系先史先住民族的体躯”に瞠目、驚愕しているのだろうか、一瞬純子さんの玉声が途切れる一幕も。

主筆「折角の御対面ですの、よろしければ、握手を………」

カメラの砲列が戦端を切った、十字砲火のように一斉に火花を散らす。後日、堤純子さんはその時の模様について「とても、手が痛かったんですぅ(>_<) つつみじゅんこ」との御言葉を本紙に寄せられた。大佐先生が感動のあまり堤純子さんの手を強く握りすぎたことが判明した。
堤純子さんが手を負傷された問題のシーン。まったり表情の石原けんじ大佐先生に罪の意識はいまも無ひ。
席に着くと、堤純子さんはうに氏とも久々の再会である。今年(2004年)6月に横浜で行われた横浜焼酎委員会主催のイベントで堤純子さんとはすでに御対面している。うに氏は堤純子さんの名刺を賜りたいと上奏、交換が執り行われた。
堤純子さんと恭しく名刺交換するうに氏
しかし大佐先生は緊張が極限に達したのか、隣同士に座っても言葉を発しようとはしない。主筆もいらだちを隠せない状況となってきた。主催社として会談の円滑な進行を図らねばならない。意を決して割って入ろうとした、その刹那………、

大佐「あのぉ………ジュンジュンの………そのぉ………御趣味はぁ?(~Q~;)」

気品漂ふ宴席の空気が、一気に吉本新喜劇お約束ズッコケへと暗転した。「お、お見合いじゃないんだから(──;。出席者から罵声が浴びせられる。堤純子さんが親しく御言葉をかけられて会話が進む。暫く。大佐先生、突然感極まったか、頬を上気させて叫んだ。

「ジュンジュンは観音様。
いや菩薩様、いや、観音菩薩様だぁぁぁぁっ!」

主筆「うっ(@_@;)」
大佐「ジュンジュン、あのぉ………市房山は決して高くないです。山ぶち抜いて人吉まで通います!!!(-"-)」
全員「大佐ぁ。そりゃ、ストーカーだよ(-"-)」
主筆「市房山に防壁を造りますばい。絶対阻止!(-.-)y-゜゜゜」

大佐先生の暴走に歯止めを掛けねばならない。主筆は話の転換を図った。堤純子さん御謹販売の『川辺(かわべ)を手にして………、

主筆「純ちゃん、さっき大佐先生がくさ、この“かわなべ”のことをさぁ………」
カネ「主筆? “かわなべ”?(──;」
純子「………(-ー;」
全員「(合唱)おぃおぃ、自分が間違えるなよ!(-"-)」
主筆「(T_T)」

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世紀の御対面もそろそろ終幕となった。午後11時過ぎ、翌日も早朝より御公務に就かれる堤純子さんは、筑前の御所へと帰られることに。その後には、しみじみと、まったりと、御対面の余韻に浸る石原けんじ大佐先生の姿があった。

午前3時。最後は大佐先生、うに氏、主筆の三人で中洲川縁にある屋台に向かう。うに氏の所望で博多名物のラーメンを啜り、豚足を囓ることに。

(ガリガリガリ………ムッチュッチュッチュッ)
主筆「やっぱ旨かですなぁ、豚足は。この酢醤油がまた良か。最近痛風になりそうになってですたい、豚足やホルモンもよー喰えんとですよ。ほんと久しぶりに喰いますわぁ」
うに「いや、ほんと美味しいですよ、これは。一度食べたかったんですよね、ラーメンとこれ」
大佐「………………………(*-)」
主筆「大佐ぁ、どげんされたとですか? さっきから黙ったまんまで」

大佐「そのぉ………ジュンジュンは………本当に絵に描いたような………まごうかたなき御嬢様………ですよね」
主筆「御意。わてもそー思いますばい」
大佐「ほ………ほんとに………そのぉ………観音菩薩様だっ………」

クリスマスのイルミネーションが随所に輝く師走の博多。しかし、その美しさも一時の儚い輝きでしかない。その淡い光が、大佐先生の瞳にどう映っていたのだろうか。それは知る由も無ひ。

横でラーメンを啜る大佐先生の心の中で、神々しいまでに後光を放つ人吉観音菩薩様への想いが、二次仕込み中のもろみのように激しく発酵を繰り返しているのが感じられた。たとえ、たとえそれが“腐造”となる結末であったとしても、誰を責められよふ。

「あんなに胸がときめいて………。心臓が、ドキドキしたんだから………」

大佐先生の言葉にならない言葉が地の底から轟いてくるように、豚足のゲップが「うっぷ!(~Q~;)」と主筆を襲ったのだった。


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