2001.12.14 by 牛口信夫

■焼酎ロックグラスの“母の國”はいずこに有りや?

ロックグラスなるものが本格焼酎の世界に導入された、その起源についてはつまびらかではない。

飲み方そのものは、仮説として、ウヰスキーが本邦に伝来したる後、破砕したる氷ヲ入れて飲用する風習が焼酎文化圏に伝播し、夏期暑さ厳しき折に紅毛の風に習ひて、たとえ樽貯蔵ものの焼酎ではなくとも、冷え冷えのロックでいただくことが定着したのであろふと思ふ。

とはいえ、焼酎界における“販促ロックグラス”の、器そのものの始源については、まったくの歴史の闇に閉ざされておるのが、現状ぬぅあんである。

販促ロックグラスの事始めとして推定されるのは、紅毛的樽長期貯蔵の先鞭ヲ付けたと斯界ではパイオニア的に讃えられる『めろふ小鶴』である。飲用せーかつ提案としてのロックグラスが、同銘柄の販促に付随して飲兵衛に饗されたのではと推察しておる。しかしながら不勉強の誹りヲ免れぬが、それについて未だ確証ヲ得てはおらぬ。

■焼酎的“和魂洋才”の精華、としての『石の蔵から』グラス。

といふ格調高い(?)前説に続いてご紹介するのは、本坊酒造さんが全国的に展開されておる有名銘柄、『石の蔵から』のロックグラスである。

思ふに色物焼酎とは、焼酎という扶桑的酒精の魂(Spirits)と西欧的樽貯蔵の才(Idea)が融合合体したものと言えよう。それは本格焼酎の対外的市場拡大という“黒船”の来寇に寄って生じた、「和魂洋才」の味と申し上げて過言ではあるまい。

しかしながら、この『石の蔵から』ロックグラス、脱亜入欧の精神が漂う樽貯蔵物の販促グラスでありながらも、日本の美的感覚がしっかと脈打っているところが、さすがぬぅあんである。

それは『石の蔵から』の銘のあしらひに、顕れておる。英文は一切廃した、石と蔵の漢字ふた文字ヲ大きくあしらったれいあうとの熟達ぶり。そしてそれヲ囲む枠線の微妙な枯れ具合。まるで雪舟の山水画ヲ思わせるかの如き、枯淡の境地ヲ垣間見せておるのだ。

ここで一首、

洋才の Spirits心を 人問わば 薩摩に匂ふ 石の蔵から
                       
(酌超牛)

まさに焼酎的“和魂洋才”の精華、東西融合の結晶としての、このグラス。『焼酎大衆民俗学』におけるひとつのえぽっくを伝える名品と言えよふ。


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