2002.09.21 by 猛牛

■朝。「あんた、私を、ダマしたのね!(-"-)」
I went to the cross road fell down on my knee.
I went to the cross road fell down on my knee.
Asked the Lord above
"Have mercy,now save poor
BEEF, if you please."

(Robert Johnson「CROSS ROAD BLUES」1936)

旅館での朝食である。なぜか旅館の朝飯は妙な高揚感があって、わてはつい2杯3杯と親の敵のようにご飯をお代わりしてしまう。まぁ、そういう気持ちの高ぶりが運の尽きだったのだろうか・・・不注意にも、わてはつい女将さんに聞いてしまったのだ。「志々伎の福田酒造さんに行くには、時間がどれくらい掛かるとですか?」

女将さんが退室してから、時ならぬ爆発が発生した。日本中世における東西文明のCROSS ROAD、平戸にて平身低頭、跪いても、もう間に合わなかった。

「あんた、私をダマしたでしょ?! 焼酎は関係ないなんて言っておいてさぁ(-"-)。もう、やっぱり蔵元に行くつもりだったのよねぇ。うむ(-"-)。ここから片道1時間半も掛かるんですって? あたし、イヤよ、もう(-ー;」。

やばい。ここでへそを曲げられたら、南に下れないのだっ(^_^;)。とにかく、畳みの模様がTATOOが如き状態になるまで、額を擦り付けて許しを得る。粕取探究の道はかくも厳しいのである(>_<)。

宿を出発。市内に戻り、平戸大橋の手前から南に下る。

平戸島内は、もう木々の緑と山と田んぼ、そして周囲の海の他はほとんど目に入ってこない。もちろん途中集落はあるが、人口密度が極めて低いという感じである。

道々には『三楽』の看板がよく突っ立っていたが、ひとつだけ特大の『寶星』のものが設置されていた。甲類焼酎の看板はかくも九州各地に多いのかと実感する。

■移動45分、福田酒造さんに無事到着!

じゃがいも焼酎『じゃがたらお春』樽の長期貯蔵麦焼酎『かぴたん』で有名な福田酒造さんは、平戸島の南端にある志々伎という町にある。

車での移動は宿の女将さんが言っていたほど、時間は掛からなかった。正味45分。宿では志々伎港まで生け簀を積んだ車で平目などを仕入れに行っているそうだが、やはり魚ちゃんたちが車酔いしないように、ゆっくり走っていたのであろう。

わてにとっては、ひとまずの“救い”であった(爆)。

蔵の前に立つ。土蔵造りの社屋がたくさん並んでいる。目前には「じゃがたらお春」のロゴが入ったタンクが2基、ドン!と設置されている。反対に目をやれば、地域の象徴である志々伎山が聳えている。

言葉は悪いが、辺鄙な港町、そんな場所に蔵元はあった。でも、そこがイイのだ。

門から入ると、正面から奧に続く細い通路がある。結構な広さだ。港町そのものは現代的な家並みが続くが、ここだけは古き時代の蔵の風情が横溢している。ところで、この福田酒造は元禄元年というから、1688年の創業、実に314年の歴史を誇る古蔵である。

my babyと蔵の中を伺っていたら、門の右にある「じゃがたらお春博物館」に待機していた女性が、こちらにやってきた。「ご見学ですか?」と聞かれたので、さっそくご案内いただくことに・・・。

最初にご案内いただいたのは、上記右画像の「400年前の蔵」である。1688年、平戸藩主松浦公より清酒『福鶴』の製造の許可を受けたのが同社の創業縁起であるが、その当時の蔵がそのまま残っているのだ。

中に入らせていただく。ん〜〜〜ん、やはり重みというか、違うのよねぇ〜。黒くくすんだ柱や梁が、蔵が経た風雪を物語っているのである。柱は虫食いの痕も激しいのだが、現在もしっかりと建物を支えている。

この400年前の蔵では、現在清酒の貯蔵が行われていた。かつては床下に湧き水を流し、温度調節を行っていたそうである。自然の保冷庫としても機能していたという。ご先祖様の努力が偲ばれようというものだ。内部はひんやりとした空気が漂ふ。

次ぎに、焼酎造りのラインを拝見させていただく。

焼酎については製造は一休み中で、実際の仕込みについて拝見は出来なかった。

蔵の内部には大きなホーロータンクが所狭しと並んで、壮観である。蔵元らしい、あの甘い香りがほのかに鼻をくすぐる。

蒸留器は減圧と常圧両方が設置されていた。注意を引いたのが、蒸留器を木で囲っていた姿だった。女性の話では温度管理のために囲いをしているということである。

ところで、女性が門からわてらを400年前の蔵まで案内してくれた途中に、ちょうど事務所の中が見えた。

机の上に粕取焼酎『ひらど』の4合瓶が他の銘柄と並んで置いてあったのだ。おろ・・・。

『ひらど』については諸般の事情で、わてはまったく手に触れていない。そのため、自分としても飲んでみたかった。ま、そう言う意味では4合瓶の存在はちょうどいい。持って帰るのも楽だし。

というわけで、my babyの怒りもほぐれた頃合いを見計らって、門のすぐ前にあった試飲場(ショールーム)へと向かう。さて、じっくりと西海の焼酎および清酒を味わってみるか(^_^)v

■こ、これが明治時代の焼酎の味、なのか・・・。

試飲場は椅子だったら100人以上は軽く入りそうな、広さである。南側の壁にズラリと商品が並んでいる。さて、先の女性、たぶん若女将であろうか、吟醸、大吟醸や焼酎類をテーブルに並べて説明を始めていただいた。

ふだん清酒は飲まないわてではあるが、『福鶴』の吟醸、大吟醸は飲むとやはり旨い。もともとはにごり酒好きなので、それも飲ませていただく・・・いい味だねぇ。my babyも納得である。

さて、肝心の焼酎である。主力の『じゃがたらお春』『かぴたん』の5年物と10年物のふたつ、『わかめ焼酎』が並ぶ。常圧モノを生かロックで“がぶ飲みミルク珈琲”状態のわてであるが故に、『じゃがたらお春』はすっきりタイプで大人しく感じた。『わかめ焼酎』も同様である。

しかしながら、『カピタン』は色物嫌いのわてには、樽臭がきつくなく、かといってキックはしっかりとあって、旨かった。

色物については超有名銘柄が何種かあるが、わてはまったく眼中にない。以前にお邪魔した筑後のゑびす酒造さんの『らんびき』、そしてこの『かぴたん』の方がそれらを凌駕しているように思ふ。奇しくも両銘柄とも南蛮縁起のネーミングであるところが面白い。

『ひらど』もと思ったが試飲瓶や販売用の4合瓶の在庫が無くアウト。ところがそれらを更に上回る“銘品”が即売されていたのだ!

『手作り・古来蒸留酒』が、それである。明治時代の木桶とお釜を使った古式床しい蒸留法で再現された昔の焼酎である。お値段はなんと5000円!

しかし特別に再現された品なので、致し方なかろう。もう品は展示分しか無いという。

女性にお願いして、特別に試飲させていただく。

香りと飲み口は、いままで経験した焼酎にはない独得のものがあった。ちょっとエグイかなと・・・。しかし、含み香や後口はたまらないほどに旨い! 普段は飲まないmy babyも美味しいと絶賛である。確かに、旨いですよ、これは!

でもなぁ〜、5000円。この後、罪滅ぼしに平戸名物を食べに連れていかないとなぁ・・・なんて思っている身には、金額がちと辛い。う、残念だ。もうこれだけしか残っていないというのに。さすがに“古式蒸留酒離婚”になるわけにはいかないので、諦める(T_T)。

■『じゃがたらお春博物館』に眠る、蔵逸品の数々。

ショールームの対面には福田酒造さんの歴史を物語る品の数々が展示されている。入館料は300円。しかし、『じゃがたらお春』のミニチュア瓶が一本付いてくるので、お得である。さっそく瓶を片手に館内を拝見させてもらった。

入口すぐ側に畳敷きのコーナーがあって、昭和2年の酒類製造帳があった。貴重な民俗資料と言っても過言ではあるまい。中を見ると、清酒や焼酎の記録が書き付けてある。文字が達筆過ぎて、浅学のわてには読めない(^_^;)。

製造の近代化の過程で、いまはもう使用されなくなった往年の道具や甕が並んでいる。古式床しいこういった資料を眺めるのは楽しいですにゃ。当時の焼酎の味がどんなものだったのか、一度飲んでみたいと思ったりもする。
2階には、福田家の格式の高さを感じさせる重厚な品が収蔵されていた。

重箱や銀食器、藩主から下賜された上下などがズラリと並ぶ。さすがに松浦公直々に酒造の許しを得た名家だけのことはあると、得心の連続だ。

また昭和初期の濾過器や燗付け器なども展示されていた。江戸から明治、そして平成へと連綿と続く、同社の長い歴史を眼前にする。

階段を降りて、博物館入口に戻ると、粕取焼酎を製造するための蒸篭が目に入った。木製のものに加えて金属製の蒸篭が奧にある。

もう使われていないのであろう。『ひらど』がどんな製法で作られているのか・・・。

最後に撮影したのが、先の『手作り・古来蒸留酒』を再現したであろう、蒸留器である。ナリは小さいが、わてにとっては漆塗りの重箱に負けない値打ちはある品だと思える。

というわけで、肝心の『涼風』なのだが・・・。

猛牛「済みませんばってん、御社の『涼風』ち言う銘柄は、まだあるとですか?」
女性「はぁ???? いえ、もうそういう品は無いですねぇ・・・」
猛牛「もし良かったら、どなたかに確認願えんですか?」
女性「はい・・・。いまちょうど社長が居りますが・・・」

猛牛「いえ。何もアポを取ってないもんで。良かったら聞いていただけんですか?」
女性「いやぁ・・・。『涼風』はもう作っておりませんねぇ・・・」

それ以上突っ込むのも失礼と思い、諦めた。やはり『涼風』は、終売・消滅していたようである。うむ!

涼風こいしや こいしや かりそめにたちいでて
又とかえらぬ焼酎と思へば 心もこころならず・・・

気分はまさに、じゃがたらお牛である。というわけで、昼に近くなった。わても、my baby懐柔の平戸観光に向かわねばならない。『涼風』の情報をキッチリと聴けなかったのが残念ではあったが、またの楽しみということで、同社を後にしたのだった。

さて、腹が減ったばい。名物の鯛茶漬けでも食うか!


Sweet Home HIRADOに戻る / 九州焼酎探検隊TOP