2001.10.02 by 猛牛

わては、販促お湯割りグラスの“美”を極める方向性として、大きく二つのベクトルが考えられるのでは、と常々考えておりまする。

ひとつは、モダーンな装飾的要素、意匠に比重を高めたデザイン優先の方向性で、どちらかというと観賞用グラス的ベクトル。もうひとつは、伝統的意匠に依拠してお湯割りという飲酒方法に徹底的に忠実であろうとする実用グラス的ベクトルである。

以前ご紹介した『利右衛門グラス』などは極めて前者のベクトルで製作されており、甘藷翁をイメージした想像肖像画の前に、お湯割りにおけるお湯と焼酎の比率を示す目盛の存在は儚いまでに省略化されている。

しかし、その『利右衛門グラス』の対極とも言うべきグラスが、今回ご紹介する『五代』のお湯割りグラス、ぬぅあんである。

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グラス表にあしらわれた『さつま五代』の肉太の手書き文字に漂う伝統性は、まさにお湯割り販促グラスの本道とも言うべき堂々した存在感を帯びている。

しかし驚くべきは、目盛の数である。お湯:焼酎の比率が下部より「3:7、4:6、5:5、6:4」と、なんと4段も盛り込まれているのが素晴らしい。

他のグラスでは、せいぜい多くて3段、少ないときは1段のみという場合もある目盛だが、このグラスでは4段も印されている。

まさにお湯割りという用途に対して、焼酎愛好家への利便性を最大限に考慮した「プラグマティズム的お湯割りグラス」の極北と申し上げて過言ではなかろう。

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さて、なぜプラグマティズム的グラスなのか?

プラグマティズムの祖・パースは、その論文『観念を明晰にする方法』で、

「自分が何を考えているかを知り、自分が用いている概念の意味を自由に使いこなせるようになるということは、優れた重みのある思想を形成するためのしっかりとした基礎をつくるだろう。この方法は概念の蓄えが貧弱で、狭い範囲に限られているような人々でさえ 、きわめて容易に習得することができるが、もしそれができれば、概念過剰の泥沼の中で、むやみにもがいているような人に比べて、はるかに幸せとなるだろう。」

と述べたが、これはこの『五代』のお湯割りグラスに最も当てはまるテーゼと言えよう。

例えば、あなたが「お湯割りの比率はどれが自分にとってベストであるか? 6:4か?5:5か? いや、いっそのこと濃いめに3:7か?(-ー;」という命題を抱いたとする。

その場合、目盛の無いグラスで目分量で飲む《直観主義的お湯割り》ではなく、目盛が4段も印された分量明確なグラスを用いた科学的実験による《実証主義的お湯割り》によって、その命題の解決を行為の結果として得ることができる。

「お湯割りの比率は如何に?」という観念は「割って飲む」という行動の前段階となるが、このグラスを使えば実際の行動と計量可能なその結果を考えることができ、お湯割りの比率を明晰にすることが可能だからだ。

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パースは「疑念が刺激となって、信念に達しようとする努力」こそがあらゆる深遠な思考、学問的な探究の原型に他ならないと説いたというが、このグラス、哲学的探究を惜しまない焼酎愛好家にはぜひぜひお勧めしたい、「実用主義的名作」である。

湯割り比率概念にお悩みの焼酎愛好諸兄は、このグラスで「むやみにもがいているような人に比べて、はるかに幸せとなるだろう」ことは間違いない。


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