2001.06.13 by 猛牛

『ガラ』・・・この一見風変わりな酒器の名前を聞いたときに、わてが真っ先に連想したのは、あのシュルレアリスムの巨匠として象徴的存在であったサルバドール・ダリ、その嫁はんだったガラ(GALA Dali (Eluard))である。

詩人のポール・エリュアール夫人だったのだが、画家マックス・エルンストともウニャウニャの関係を経て、ダリと劇的な邂逅を迎えたのは現代美術の世界では有名な話である。

数多のシュルレアリストたちの心を奪い、かつ彼らの創造的行為に刺激を与えたガラ。彼らが素晴らしい作品を創作するたびに、「ああ、それじゃガラに恋しているんだね」という称賛の言葉を受けたというほど、美のミューズ。まさに美術史における最大の“女房役”と言って過言ではあるまい。

さて、視覚的世界においても味覚的世界においても、この女房役、大切なのである。

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というわけで、格調ぉ高い前説に続いてご紹介するのは、球磨焼酎を飲むのに欠かせない女房役『ガラ』である。しかも今回はあの峰の露酒造さん『繊月』の銘入りガラなのだ。

白磁のぬぅあんとも“乙女の柔肌”の如き(なんちゅー例えやねん)清き純白の地に、「球磨焼酎 繊月 せんげつ」の流麗な文字。伝統的な形態の中に妙な作家性などを臭わせず、しっかりと蔵元と製品の銘が入っているところが、実に素晴らしい。

なぜか? 地域社会の日常性、言い換えれば“日々の暮らし”と密着している造り焼酎屋としての原点が、この器の姿・形+蔵元・商品銘の組み合わせからぷんぷんと立ち上ってくるからである。

かつて造り酒屋の銘入りと言えば「通い徳利」などが思い浮かぶ。今ではディスカウンターでの計り売り焼酎に一升瓶でも持っていくのだろうか。酒と飲兵衛の関係性を、社会構造の変化が如何に変えてしまったかに、ついつい思いが行く。

時の流れは不可逆であることは百も承知なのだが、このガラを見ていると、ふとそんなことを考えてしまった。というわけで、ダリのガラは美術的創造物を多く生ましめたが、繊月のガラは“牛の考え、休むに似たり”の時間を生じさせたのであった(自爆)。

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ところでこのガラ、直燗がOKなのである。ぬぅあんとも美酒の女房役としては得難い有り難いもの。

優美な形態が、飲兵衛に便宜をもたらす機能でしっかりと裏打ちされている。球磨地方の毎日の飲酒生活の中で、先人飲兵衛の弛まぬ探究が生み出した賜物であると、感謝感激である。


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