北関東方面隊・JAZZ翁より「近くの店に売っていて、なにが悪い!(-"-)」という拙稿へのご意見をいただきましたので、掲載させていただきます。 猛牛

猛牛さん、おはようございます。
標記の件、読ませていただきました。

猛牛さんの言わんとするところよく分かります。
私の意見も聞いてください。

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まず、希少性の話。

1.こだわって製造しているために生産量が上がらない場合。

蔵元が一家言を持ちわざわざ生産量が上がらないような製造をしている場合です。これはこれで、焼酎党としては是非飲んでみたい酒である。言い換えれば信念を持って醸造している酒である。しかし、こういう酒こそ「癖のある酒」である場合が往々としてあるのではないだろうか。当然入手難易はなるが・・・・・。

一歩引いて考えれば、その酒が「旨い」、(いやこの言い方は絶対おかしい、なぜなら「旨い」と感じるのは個人の感性によるものだから)と感じる根拠はどこにあるのだろうか。

理屈抜きで味わってみればいいのである。「旨い酒」=また飲んでみたい酒 で良いのではないか。楽しい時間に理屈などこねたくないのである。

「入手難=旨い」と思わないと、わざわざ入手した意味がないと考える場合が多いのではないか。換言すれば、そう思わないと、入手の苦労が水の泡になってしまうというのは悲しい話である。

私は感性で飲みたい。

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2.次に、話題性で品薄の場合。

これも日本人的だ。

多くの人が旨いといって、一気に希少性が高まる場合である。そんな人の噂で「旨い」と錯覚してどうするんだろうか? 自分の主張は一体どこへ行ったのか。探し出して飲んでみるのは悪いことではないが・・・・・。

勿論、噂通り旨い酒もあるだろう。私はこんな酒をわざわざ探して飲もうとは思わない。いつか飽きられてしまう可能性も大だから。

そもそも、希少性=旨い などと言っている人に酒を語って欲しくない。酒がステータス化してしまったら酒ではなく、「嫌み」に成り下がってしまう。それこそ、その酒を醸造した蔵元に失礼ではないか。

「樹氷」だって「森伊蔵」だって、好きなら飲めばいいのである。変な呪縛に囚われた酒など楽しくないはずだ。私は自分の好みを主張することはしないし、人に勧めることもない。理屈抜きに楽しめればよい。

そう言う意味で、私も「焼酎探検隊」に参加させていただいているのである。

私は猛牛さんの意見に大賛成だ。猛牛さんがんばれ!!!!

(以上、JAZZ翁よりいただいたメールより転載)


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