2000.7.05 by 猛牛

■或る立ち飲み屋にて・・・2。

「親父がよく飲んでましてね、焼酎。安いっしょ(^_^;)」
(フェイスマークは筆者が状況を再現するため加えた)

またしても昨日の話なのだが、わてが常駐している立ち飲み屋「百圓酒家」で飲んでいたら、またしても耳に飛び込んできた会話である(取材費が安くて助かるわぁ^^;)。隣のテーブルでサラリーマン3人組が焼酎をテーマに会話していたのが耳に入ってきたのだ。

当日も、スリットの入ったタイトスカートからすらりと伸びた御足がぐっと・・・という年増OLなんぞに全く目もくれず、酒家の店員が毎度驚くほどの早いピッチで、芋焼酎Wをかっかっかとストイックにあおっていたのである。しかし、ついつい焼酎ネタの会話に聞き耳を立ててしまった。

関西訛りがある30過ぎのサラリーマンが語る話の概略は、こうだ。ちなみに彼ら3人は焼酎を飲んでいなかった。

・実家にいる自分の親父がよく焼酎を飲んでいる。
・飲んでいるのは、バカでかいボトルの『大五郎』。
・なぜ親父が焼酎が好きかというと、安くて量が多いから。
・昔は日本酒ばかり飲んでいた親父が、最近は焼酎ばかり飲んでいる。
・チューハイに入っているのも焼酎ですよ。『大五郎』みたいな。

とまあ、断片的ではあるが、上記のような内容が聞けたのであった。

甲類焼酎を飲まれているのがちとなんではあるが、安くて量があるというのは、まさに大衆の酒=焼酎の面目躍如だろう。それが選択の基準としてあるのはわても同様である。安くて量があって、しかも美味い(本格焼酎の場合)のだから文句はない。

現在の厳しい経済環境下では、なおさら焼酎の存在がありがたいのだ。特にわての様な人間からするとね^^;


■なぜ日本酒から焼酎に替えたのかを、推察すると・・・。

さて、今回の“小話耳”(小耳に挟んだ話)で気になったのは、その親父さんが日本酒から焼酎にスイッチしたという部分である。

日本酒造組合中央会制作による焼酎のサイト(現在リンク希望を出しているがまだ返事来ず^^;)を見ると、焼酎が他の酒に比べて二日酔いしにくい、という俗説についての見解が披瀝されている。

中央会では、その俗説については学術的根拠は薄いが「二日酔いの原因物質であるアセトアルデヒドが血液から消失しやすいからと考えられており、また普段飲みつけている酒は、知らず知らずのうちに、上手な飲み方を会得し、二日酔いになりにくいといえる」としている。

でも、本格焼酎を愛する皆さんの多くが体験されてるでしょうが、確かに焼酎を飲んで酔っぱらっても、次の日は辛くないことの方が多い。甲類焼酎で酔っぱらった経験がないので解らないが、少なくとも本格焼酎を飲んで酔いちくれた翌朝、頭部に激烈なパンチを食らった経験はほとんどない。せいぜい体がだるいくらい(年のせいかな(^_^;))。

あると言えば、焼酎をさんざん飲んだあとにだめ押しで『百年の孤独』をワンショット飲んでノックアウトされた、ただ一度だけ。

その親父さんの焼酎スイッチングの理由は、先の経済性を第一としても、この“寝覚めすっきり”というのも大きな比重を占めているんではないかと想像している。たくさん飲めて、しかも次の朝をさわやかに迎えられる・・・飲兵衛には願ってもない酒が焼酎である。

それともうひとつは日本酒の様にこってりとした味わいが年齢的にも嗜好的にも合わなくなってきた、というのもあるかも知れない。もちろん日本酒は日本酒で美味しいのだが、焼酎を飲み馴れると日本酒が舌に重く感じられてくるのだ。


■ナショナルなものほどインターナショナル、という逆説。

もうひとつ気になったのが、ボトルの話。

『大五郎』のバカでかいボトル・・・息子が語る口調はけっして好意的ではなかった。その意味するところは、安っぽくて気恥ずかしい、ということだろうか。

気恥ずかしいということで言えば、これは焼酎王国に住む九州人でも同様。大分にいた頃、佐伯市の米焼酎『天下無敵』が焼酎好きの間で密かに飲まれていたのだが、このラベルデザインが泥臭さの塊だった。「ゴミ出しの時に『天下無敵』の一升瓶を出すのが恥ずかしくてね(^_^;)」とは、地元愛飲家の弁。

また、先日東北のネット友から実家で栽培されている果物をいただいたので、お返しに『伊佐美』を送ったら、その友人はラベルの泥臭いド派手なデザインに驚いていた。

『大五郎』と『伊佐美』や『天下無敵』(これが美味すぎる位に美味い米焼酎)では、中身は比べものにならないが、外観は同じ問題を孕んでいる。

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わて自身は、泥臭いラベルデザインの本格焼酎を買うのにはなんの抵抗も照れもないが、あの甲類のバカでかいボトルをレジに持っていこうという気にはなれない。わて自身の気持ちを言えば、中身が工業製品的な甲類であるという以上に、あのボトルに造り手の個性を感じないから。

『伊佐美』のラベルは大好きだ。それは造り手の主張が、依って立つ土地や風土が、そのデザインに感じられるからである。

ジャンルは違うが、音楽の世界では極めて土着的なものほど、世界的な影響力を持つ。欧米で注目される日本の音楽とは、J-POPよりも沖縄民謡であったり河内音頭であったりするのだ。より日本の歴史と伝統に根ざした土着的なものが琴線に触れて強固なファンを生み出している。

ナショナルなものほど、インターナショナルな影響力を持つ。

郷土を足がかりにするものにとって“泥臭さ”とはアイデンティティそのものだ。決して恥ずかしいものではない。中身そのものもハードタイプからソフトタイプへ移行している本格焼酎、外観にしても“泥臭さ”を大切にして欲しいと思っているのだが・・・。


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