2002.02.12 by 菊池 汗牛

登場人物

立花正子 三十四歳
その妹 志保 二十九歳
彼女らの母 高子 五十六歳
彼女らの父 善之
ただの飲兵衛 隊長
ただの飲兵衛 猛牛

時代設定

平成十四年頃

ロケーション

筑前西部に広がるひなびた田園地帯。一カ所だけぽつんと山の麓にある造り酒屋

情景

古い商家の佇まいを残す造り酒屋の店内。舞台正面左は一升瓶や五合瓶が棚に並ぶ売場。古めかしいレジや商品パンフレットが置いてある。壁には雑誌や新聞の取材記事の切り抜きが貼られている。真ん中にストーブがあり、ソファーに座って正子と志保がせんべいを食べながら話している。暖簾が下がった出入り口を真ん中に挟んで、舞台の右は事務所。壁には事務書類の棚が置かれている。机に向かって高子が帳簿を付けている。午後5時過ぎで日も陰り始めた、2月の初め。


志保 姉ちゃん、仕込みもだいぶ進んだばってん、営業の方はどげんなっちょる?

正子 うん。関東からの引き合いが増えてねぇ。もうほとんどあてが付いちょるんよ。営業はお姉ちゃんに任せんね。それは良かけど、あんた、造りの方はどうね?

志保 もちろん良か出来ばい。中身は任しちゃり。

正子 ほんと幻の焼酎ブームのお陰でやっと生活が落ちついてきたばいね。このブームが無かったらくさ、まだまだ苦しか毎日やったかも知れんもん。

志保 良かった・・・。苦労した甲斐があったばいね・・・。

正子 そうやね。お父ちゃんが家出してからもう20年になるばってん。蔵ばほったらかして、関東の方に行ってしもうて、ぜんぜん連絡ば無かけんね。一番の働き手がおらんことなってくさ・・・。でも、お母ちゃんとあんたとわたしで“女三人の蔵”なんて雑誌が取り上げてくれたもんやけん、助かった。それが無かったら、ほんなこつ、どげんなっとったか・・・ね。

志保 それで思い出したばってん、雑誌『dancyone』の記者ん人がくさ、また取材に来てくれるっちゃろ? いつ頃ば来るて言いよりんしゃったと?

正子 来月の7日に来るて。ちゃんと“おめかし”せんとね。ふふふ。

志保 ははは。写真ば見てくさ、お姉ちゃんにファンレター来るかも知れん。ええ旦那さんが現れたりしてね。

正子 (明るく振る舞って)わたしはええと、わたしは。蔵ば支えていかないけんけん。あんたこそ先に縁付いたらよかよ。ね。あんたが御養子様ばもろうたら、お母ちゃん、安心するやろうけん。

志保 (困ったような、申し訳ないような表情)

正子 (話を変えるように)それでやけど、さっきネット販売の注文メールばチェックしたとよ。そしたら『筑前焼酎探索隊』って、なんやインターネットの焼酎サイトから、蔵ば見学させてもらえんかてメールが来とったよ。知っちょる?

志保 ん・・・?。あ。そういえば、卸の山上商店さんから聞いたことある。なんかトーシロが集まって焼酎飲んでね、美味い不味いなんてネットで勝手なこと言いよるらしかよ。

正子 そうね・・・。またなんて書かれるかわからんけんね、断ろう。どんなん飲んでも「美味い美味い」ち書いちょけばいいとよ。うちの『鬼は外』は飲まんでよか。いい迷惑ばい、ほんと。

志保 そやね。どうせただの飲兵衛がくさ、いらんこと書いちょるっちゃろ。せからしかねぇ、いらん世話ばい。

正子 ほんとほんと。

(事務所で、高子が酒販店と電話で話している)

高子 ・・・・いえいえ・・・済みませんが・・・はい・・・今年は申し訳ありませんけど、お宅へ卸すのはお断りしたいんですよ・・・はい・・・前年の実績重視で御願いする販売店さんを決めようかと思って・・・済みませんね・・・もう、お回しできる商品が無いもんですから・・・はい・・・はぁ・・・そう言われても、うちも商品が無いんですよ・・・はい・・・済みませんけど・・・ええ・・・というわけで・・・は?・・・うちとしても量を動かしていただけたところに申し訳が立たないんで・・・はい・・・いえいえ・・・今まで応援いただいてありがとうございました・・・はい・・・いいえ・・・ごめんくださいませ。

(高子、受話器を置く。ひとりごと)

高子 ふぅ〜。もう関東・関西向けに回す分だけで、手一杯なんよね。小口の店なんて相手にしてる場合やなかもん。地元の小さい帳合いを大事にしよったら、それこそキリが無かばい。ほんとにもぉ・・・・。あ!そうたい! 今度筑前に取材ば来る俳優さんに贈る化粧瓶ば用意しとかんと。

(高子、出入り口を通って店の方へ。娘達に声をかける)

高子 ねぇ、あんたたち、贈答用の化粧瓶ばどこにあるか知らんね?

正子 ああ。あれやったら裏の倉庫にあったと思うよ。

(高子、きびすを返して戻ろうとするが、正子が呼び止める)

正子 ねぇ、お母ちゃん・・・。

高子 どげんしたと?

正子 実は天神の飯干酒店さんに納品ば行ったらくさ、なんかお父ちゃんに似た人が地下鉄の駅に下りていくのを見たげな。そげん大将が言いよりんしゃったとよ。まさか・・・。

高子 えええええ? あん人に似た人が??? えっ・・・。

正子 大将はお父ちゃんとは仲が良かったけん、間違いないかもしれん。声ばかけようとしたばってん、ちょうど岩田屋が『伊佐美』の定価頒布会しよったけん、整理券ば貰う人の波に巻き込まれて見失ってしもうたらしい。

高子 でも、いまさら・・・。

志保 そう・・・。お父ちゃんに似た人が・・・。そう・・・。

正子 でも、もしそれが本当だったら、どうする?

高子 そうやね・・・。

(と高子の言葉を遮るように、ガラガラと玄関の引き戸を開けて、男が入ってくる)

正子 ・・・・・

志保 お父ちゃん・・・。

高子 あ、あんた・・・。

善之 お前達、元気やったか。久しぶりやなぁ、ほんとに・・・。

高子 あんた。ほんなこつ今ごろ戻ってきてくさ、なんば言いよっとね?

善之 済まんな・・・。わしも関東に行ってくさ、いろいろ苦労ばして、ぬぅあんとか生きてきたばってん。歳取ってくさ、体も弱くなった。でも、一度でもいいけん、会いたい、思うてな。正子、志保、お前らもほんと大きゅーなったなぁ。

(涙を拭う善之、しばし絶句して)

善之 済まん。済まんばってん、良かったら、志保、お前の焼酎、飲ませてくれんか。

志保 ・・・・

正子 お父ちゃんに飲ませんでよかばい。なんね、今頃のこのこ出てきてくさ。わたしたちがどげん苦労したか、解るとね? 誰が飲ませるか!

善之 東京の本屋でくさ、『焼酎極楽』ち雑誌ば立ち読みしたらくさ、おまえたちが載っとったったい。女三人でけなげに蔵守っちょる姿ば見たら、涙が出てな・・・。

正子 お父ちゃんに何がわかるとな? わたしたちがどれだけ大変やったか? わたしは大阪でOLしよったとに、恋人とも別れて営業せないけんことなったとよ・・・。(泣きながら)酒屋や問屋に売り込んだり、メディアに載るように手配ばしたりしてくさ、私がおったけん蔵がここまでになったとよ!!

志保 (怒って)姉ちゃん、なんば言いよりんしゃると? わたしが造る酒やけん、ここまで来たっちゃないと? 「若い美人杜氏が造る美酒」て人気が出たんは、わたしのお陰やないと? ほんとにもぉ・・・。

正子 あんた、なん偉そうに言いよっとな? いくらいい酒造っても、営業力の問題なんよ。職人はこれやけんねぇ・・・。世間知らずの蔵入り娘が!!!!

志保 なにぃぃぃ!!!

(高子が二人を制して)

高子 あんたたちは黙っとかんね! あんたたちを仕込んだんは、わたしばい! ほんとに親の恩子知らず、やねぇ。いっちょ前のこと、言うてくさ。せからしか。あんたたちは父ちゃんに似たっちゃろ? 

(善之に向かって)

高子 ねぇ、あんた。いまさら戻ってきても、家には居れんばい。いまさら「女三人+1」の蔵なんて訳にゃ〜いかんけんね。パブネタになりにくいとよ。女三人やけん、記者さんも来よりんしゃると。しょぼくれたおやぢが中に入ったら、それこそイメージダウンばい。悪いばってん、どこでも好きなとこに行ってくれんね。

善之 (真っ赤に照れて)ああ、別に家に入れてくれなんて・・・(*^^*)。実はくさ、わしは関東に行ってからあるご縁でくさ、甲類焼酎のメーカーに入ったったい。その会社で、いまでは商品企画部長ばしよるったい。一応、取締役待遇たい。はっはっは。いや、そいでくさ、今日は折り入って頼みがあってなぁ〜。おまえんとこの甕壷仕込みの焼酎ば、ちょっと桶で譲ってくれんな? 頼むわ。な、頼む!この通りばいm(_ _)m

暗転

情景

築20年近いオンボロの賃貸マンション。古い造り故か、狭いベランダ。そこに不釣り合いなデカイ火鉢を挟んで二人の男がいる。黒千代香を炭火で温めて、差しつ差されつ。

隊長 こうやって火鉢を挟んで飲むと、また格別だねぇ。炭火と千代香か、いいな。僕も牛さんがこうやって火鉢でやってるっていうから、自分でもやりたくてね。

猛牛 やっぱこだわって飲むなら、火鉢ですばいねぇ。ところで、この『鬼は外』はなかなか良かでしょ? 女社長と二人の娘が造りよるとですたい。手作りの小さな蔵ですばってんね、こだわり感じますばい・・・ええ香り。

隊長 ああ、立花さんだね。あそこの杜氏の娘さんは若くて美人なんだよねぇ。ちょっとからかってみたいねぇ〜、うん。(爆)

猛牛 隊長は若い子をからかうの好きですけんねぇ。はっはっは。わては姉さんの方がよかですにゃ〜、しっとりとしたオトナの女ちゅーか(ニンマリ)。ほんと応援したくなるとですたい、これが(爆)

二人 イヒヒヒヒヒヒヒヒヒ(*^0^*)

猛牛 ま、それにしても、こういう焼酎を戴くと、ほんと焼酎が持つ民俗的価値を感じますばいねぇ。現代も残る最後の民俗かもしれんと、わては思うちょります。

隊長 そうそう、ロマンっていうかな。焼酎にはまだまだそういう物語を感じるんだよ。完全に工業化された商品にはない、何かっていうかな。

猛牛 女三人が田園地帯で細々営む蔵で育む焼酎を、火鉢の炭火で、じっくりと千代香で温めていただく、その旨さ。まさに飲兵衛のロマンですばいね。さて、隊長、もう一杯。


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