2001.12.04

沖縄の「わぶ」大繁殖の影に
秘められた壮大な世界史的事実があった!
当地でのわぶ“必食仕掛人”の存在に
ちくわぶ研究界は驚天動地!

「わぶ」の南限が判明したその後、
さらなる沖縄でのわぶ繁殖の原因究明の過程で
歴史の闇に秘められた新事実が発掘されたのである!

前回お知らせした沖縄でのわぶの驚異的繁殖状況であるが、その原因については私なりの仮説を提示していた。しかしながら、原因究明の念断ち難く、わぶ界のトップブリーダー・紀文さんに沖縄でのわぶ定着化の謎について質問を申しあげていたのである。

またよりによって鍋物の書き入れ時である真冬、紀文さんにとっては一年で最もクソ忙しい時期であるのは重々承知の上であったが、失礼ながらメールをお送りした。相手の都合にお構いなし、まったく困った男である(^_^;)。

さて、わての質問は下記の通りである。

> 沖縄でのちくわぶの需給状況のこの差はなんに由来しているのでしょうか?
> 関東からの移入者の需要が主になっているのか、
> それとも地元の方が地元の料理に新たな用途を見出しているのでしょうか?
>
> 関東からの移入と言うことで行けば、
> 福岡も支店都市として多くを抱えているはずですが、
> 店頭化はそれほど行き渡っていない状況です。
> なぜ沖縄ではそうなのか? 極めて謎であります。

ところが、お忙しい中紀文さんからのご回答はこうだったのだ!


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沖縄のちくわぶについて
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■1.海洋食品
手前味噌で恐縮ですが「海洋食品」の営業力の強さだと思います。

海洋食品とは、沖縄の一番の問屋「ジーマ」と紀文が25年前に設立した合弁会社です。紀文のチルド食品のノウハウとジーマの営業力、流通機能を融合させ営業活動を推進してきました。

現在のシェアーは40%ほどですが、一時は海洋食品でなければ和風日配食品の品揃えは出来ないといわれるほどだったそうです。

合弁当時、沖縄には関東風のおでんは存在せず、沖縄でおでんといえば、東京で言う「煮物」のことでした。沖縄の暑い気候ではおでんを鍋に入れて暖を取ることは必要ありません。従って、鍋で煮たものを皿にいれて食べます。

このような土地柄の沖縄に、海洋食品が関東風おでんを「直輸入」したわけです。海洋食品は紀文のブランドマークをつけ自社工場で製造し、練り製品を中心に東京の味の普及に努めて参りました。

現在では沖縄本島に250店舗強あるコンビニのカウンターに置かれているおでんは、東京風の味付けです。九州にある牛スジ等は並んでおりません。今後もおでんといえば地元の煮物ではありますが、東京風おでんも完全に定着しております。

■2.沖縄独自の文化
もう一つの要因としては、沖縄の他の食文化に対する姿勢だと思われます。

沖縄は他の都道府県と大きく異なり、最初に入ってきたものを大切にする傾向があります。例えばボンカレーなどはその典型的な例です。沖縄では初期型のボンカレーがいまだに高いシェアーを持っています。

関東風おでんについても弊社(海洋食品)が最初に持ち込み、販売を拡大してまいりました。沖縄の方にとってはボンカレーと同様におでんと言えば関東風のおでんということになるのだと思われます。

地理的には九州のおでんの影響を受けるように見えますが、このような沖縄独自の文化的背景により、現在も「純粋な」関東風おでんが支持されているのではないでしょうか。

蛇足となりますが、関東風おでんとちくわぶについて申し上げます。
関東、特に東京のご年配の方々にとって、「ちくわぶの入っていないおでんはおでんにあらず」といいます。東京のおでんにとってちくわぶは中心的存在です。

おでんをオーケストラに例えればオーボエのようなものでしょうか。たとえ影が薄くても、オーボエがいなければオーケストラと呼べないように、ちくわぶがなければ東京おでんにはなりません。

25年前、沖縄に持ち込まれた最初のおでんが、ちくわぶを中心とて構成した東京おでんとすれば、当時のままの姿をとどめているのは何ら不思議ではありません。

ただ、現在他県から沖縄をみたときに、ちくわぶの東京なみの普及が異様な光景として写るのだと思われます。仮に、最初に持ち込んだのが関東の紀文ではなく、関西や九州のメーカーであれば、ちくわぶの普及はなかったでしょう。

紀文の○○様、および沖縄のご担当の方、極めて詳細かつ丁寧な情報、痛み入ります。御多忙にもかかわらずお調べいただき、誠にありがとうございましたm(_ _)m

なるほど!!! これを読んで、沖縄でのわぶ大繁殖の謎がよく飲み込めたのである。確かにボンカレーのくだりは実感だ。私も実際にサンエーやジャスコの店頭にあの懐かしいパッケージがたくさん並んでいたので、おろろ(@_@;)と思っていたからなのだ。

またしても紀文さんのご協力により、戦後沖縄おでん秘史「わぶ大繁殖の謎」が解明され、わぶ研究史の前進のさらなる一歩を記すことが出来たのであった。


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